患者の最高のサポーター・家族はどこまで支えられるか 濃密な時間を共有するために必要なこと

監修:和田忠志 医療法人財団健愛会あおぞら診療所新松戸理事長
取材・文:常蔭純一
発行:2005年9月
更新:2013年4月

当たり前の生活を当たり前に続けていくことがテーマ

ここまで在宅ケアでの家族の具体的な役割について、ざっととりあげてきた。しかし、実はもっと大切なことがある。それは患者の心の側面でのサポートだ。恐れ、怒り、哀しみ、そしてやりきれなさ……。当然のことだが、死を間近に控えた患者にはさまざまな感情が交錯する。そんな中で患者は最期のひとときを家族とともに過ごし、充足した思いをかみ締めながら人生の幕を閉じたいと願っている。そうした患者の願いを実現させることこそが、家族に割り振られたもっとも大切なフォローだろう。

ちなみにここでいう会話とは言葉のやりとりだけを指しているわけではない。表情、しぐさ、生活面の変化など患者とのすべてのふれあいを意味している。実際、言葉だけでは患者の本当の思いがつかみ切れないこともあると、和田さんはこんな例を挙げている。

「在宅ケアを続けている途中で病院に戻りたいという患者さんもいます。その中には本当は自宅で家族とともに暮らしたいのだけれど、家族に負担をかけたくないために、気持ちを偽って語るケースもあるのです」

このあたりは患者と家族それぞれの葛藤が存在するのかもしれない。ご本人も家族のことを思ってこそ、このようにあえて発言することがあるのである。

理解しておきたいのは、こうした心のサポートは患者のためだけのものではないことだ。患者との気持ちのふれあいは、実はサポートする家族にとってもとても大きな意味があるのだ。

孫もふくめた全員参加のサポートができるといい

「ご遺族のお話を聞くと、患者さんとともにすごした最期の時間の様々なできごとを、驚くほど克明に覚えておられます。在宅ケアで患者さんとともにすごす時間は、家族の心の中に永く残る大切な時間といっていいでしょう」(和田さん)

その意味も含めて、家族のサポートの中に、学童や幼児を含めた子供たちも参加することが望ましいと和田さんはいう。肉親の死は子どもにも強い印象となって残り続ける。

さらにもう1つ大切なのは、患者に症状についての真実を伝えることの大切さだ。末期がん患者の中には、病院での治療中に家族の要望で告知を受けていないこともある。

また、告知を受けてもそれが不十分だったり、告知を受ける側の患者の気持ちが動転していると、自らが死に直面しているという事実が正確には把握できていないことも少���くない。

できることならば真実を伝えることが望ましいと和田さんはいう。

「もちろん患者さんには『知らないでいる権利』もあります。したがって、知りたくない人に無理に病状を伝えることははばかられます。しかし、人間は『真実の情報を得て、初めて人生の真実の決断ができる』ということがあります。不治の病にかかっていることを知ることは大変苦しいことですが、そのことを通して、初めて、“残された時間をどのように過ごすか”を有効に考え始めることができる、ともいえます。
中には“最期まで本人には末期がんであることを知らせないで欲しい”と訴えるご家族もいます。しかし、今、知らせなくても、死の1週間前、あるいは2、3日前になると、患者さんは自らに死が迫っていることを自覚するものです」

そうした踏み込んだ対話を家族が医師と重ねる中で、末期がんであることを患者に伝えた家族もいるという。伝え方はそれこそケース・バイ・ケース。医師が伝えることもあれば、家族が自らそれとなく患者が察するように話すこともある。

また、和田さんは、必ずしも、「がん」という言葉を用いる必要もない場合もあるという。「病気が治らない」ことが伝えられれば、自らの人生の重要な決断が行える場合があるということだ。ただ、患者の人生の決断の重みを考えると、伝える時期は早いにこしたことはないという。

患者が主体的に自分の生き方、そして死に方を決定することの大切さを考えると、このことも大切なサポートの1つといえるかもしれない。

死の瞬間まで家族が患者の思いを聴き取る

悲しいことだが、末期がん患者のサポートは、いつかは、「看取り」という、文字通り最期の瞬間を迎えざるをえない。在宅サポートの間には、そのときに備えて心の準備をしておくことも必要だろう。

家族にとって大切なのは、患者の死に際しての態度を決定しておくこと。たとえばその1つとして、延命治療をどこまで行うかということがあげられる。家族の間で事前にそのことについて話し合っておくことも必要だろう。

もちろん、実際にどんな判断を行うかは、ご本人および、その家族しだいだ。しかし、その前に考えておきたいのは、生き方と同じように死に方もあくまでも患者しだいということである。

「医師や家族は、患者さんに、せめぎあいを何とか通過し、死という現実を受容してもらいたいと願い、そのために尽力することも少なくありません。実際、それは素晴らしいことです。しかし、昭和大学病院の高宮有介氏が指摘するように、だからといって泣きわきながら死んでいく人がいても、それがいいとか悪いとかというものではないと思います。患者さんの死はあくまでも患者さんのものであり、その人らしいやり方が最善といいうると思います」

在宅ケアとは、あるいは患者との意思の疎通をはかるプロセスの積み重ねなのかもしれない。そのプロセスの中で、家族たちはたとえ一瞬であっても、心が通じ合うことの歓びを覚えることだろう。だからこそ、長い歳月の後でも、患者と過ごした最期のひとときが脳裏に残り続けるのではないか。

「がん患者さんの在宅介護は、ご本人が死に至るまでの『生』をサポートすることに尽きます。そして、それが、介護し、その後、残されたご家族の記憶としても満足いくものであってほしいと、願っています」和田さんは、最後にこうしめくくった。


家族が行う心身両面でのサポート事例

<事例 1>

●家族の不安はいくつもある。介護の現場を見たこともない。それらをどうやって解決するのか。手順はあるのか?

⇒案ずるより産むが易し。ともかく、体験してみる。また、可能な限り、訪問看護師やヘルパーを導入し、一緒に介護体験を1つ1つ積み重ねていきたい。次第に自信がつき、「行ける」という実感をつかむことができることも多い。

<事例 2>

●在宅医療を受けているが患者が自宅で急に痛みを訴え出した。

⇒痛みは我慢させないのが原則。積極的に疼痛緩和を行う。一般に、痛みが予測される場合には、あらかじめ医師から比較的急速に効く鎮痛剤が処方される。
鎮痛剤を持っている場合には、医師の指示に従い適切に使用したい。鎮痛剤を所持しない場合や、対応方法が分からない場合は、夜間や休日でも主治医あるいは訪問看護師に相談したい。

<事例 3>

●患者の落ち込みが激しい。絶望感もある。しばしば感情的になり、家族に当たる。家族がすべき行動は?

⇒ともかく、そのような苦しみの気持ちをご家族が聞けることがご本人にとって幸いであることを認識したい。感情をぶつけられる家族も苦しいが、病院に入院しているとそういう苦しみの吐露すらできないこともある。
また、患者は1人でいると、うつ的になりやすいが、周囲の家族が何気なく愛着をもってふるまうことが本人を癒しうる。たとえば、小学生の孫が毎日学校から帰ってくると「ただいま」の一言をかける――この何気ない行動が喜びの1つだったという例もある 。

<事例 4>

●普段の生活の中で、患者に家族の1員であることを知ってもらいたい。

⇒買い物に出るので30分ほどの時間、留守番を頼んだ。その晩からどことなく元気が出てきた。1人にしたことで、逆に”頼りにされている“意識を持ってくれた実例がある。


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