淀川キリスト教病院 「エエ死に方」は、残される者に力を与えてくれる
在宅を支える訪問看護ステーション

「淀キリ」で患者さんの在宅生活を中心になってサポートするのが訪問看護ステーションだ。本館の目と鼻の先にある「ふれあいセンター」の3階を拠点に、6人の訪問看護師が活躍している。
所長の高沢洋子さんに話をうかがうためセンターの階段をあがっていると、3階から大きな笑い声が聞こえてきた。
「たまたま3日前に91歳のおばあさんを看取ったご遺族が挨拶に来てくださったんです。娘婿さんも定年退職していたため、奥さんのお母さんをいっしょに介護されていましたが、『ぼくもああいうふうに死にたい』といってくれました」
と、高沢さんはいう。
だが、91歳といえば大往生。多くの場合、そうはいかないのではなかろうか。
「いいえ、先日も40代の男性の看取りをしましたが、ご家族の方の笑顔も見られました。家で亡くなるのは家族の協力が必要だし、怖いとも思われます。でも、やっぱり笑顔が見られるのは住み慣れた家だから、ということもあると思います」
その斉藤仁志さん(仮名)は、母親と妹と自宅で3人暮らし。大腸がんが見つかったが、すでに手の施しようがなかった。
高沢さんが斉藤さんの気持ちを確認するたび、「家がエエ」という返事だったが、1つだけ条件があった。
――トイレに自分で行けなくなったらホスピスに入れて欲しい――
そのことを家族には言わず、高沢さんにだけ伝えたという。
「妹に世話させることが嫌なのは、兄としてのプライドだったんでしょう。結局、亡くなる前日に尿とりパットを使っただけだったので、最期まで家で過ごせましたが、そうした家族の関係性を大切にすることがものすごく大事なことなんです」
妹ではなく、妻や夫でも同じような感覚をもつことも少なくないそうだ。
揺れて迷って当たり前
高沢さんは、患者さんに自分の意思を言葉で伝えてほしいと思っている。
「厳しい決断だとは思いますが、できるかぎり言葉にして伝えてほしいんです。望みがきちんと確認できれば、家族や私たちもケアするための環境を整えていきやすいですし、ご家族があとでああすれば良かった、こうすれば良かったという後悔も減らせるんです」
ただし、「迷って当然」だという。
「180度変わって『やっぱり病院がいい』となってもいいんです。揺れたら優柔不断やとか思われる方も多いんですが、揺れ動いて当たり前。今の時代はこの方法しかない、なんていうことはありません。じっくり選んでくださいと伝えるようにしています」
「ホスピスは死ぬところ」と拒絶し、消去法で家を選択する方もいれば、家族の負担を思って在宅を言い出せない人もいる。
「患者さんの気持ちの奥��部分を聞いたとき、『本当は家にいたいのや』と、私には言われることもあります。『家はエエけどな、やっぱり母ちゃんがしんどいやろ。そやからな、ここにおったらアカンのや』って」
と、高沢さん。気持ちがこもったときには、小気味いい大阪弁も飛び出してくる。
もちろん家族もはじめての体験に不安やとまどいは当然ある。
「でも、ご家族の方は特別なことをしないといけないと思っていらっしゃる方が多いんですが、一番大切なのが日常の声かけ。『ただいま』とか、『ご飯食べるよ』とか普通の会話が、家で療養されている方の何よりの励まし。それ以上のケアはないんです」
猛暑のなか自転車で訪問看護

訪問看護の交通手段は車ではなく、電車か自転車。訪問エリアの目安を「だいたい自転車で30分以内」としているのも、都会ならではのことだ。
「車だと一方通行が多いし、停められる場所を探してる間に時間が過ぎてしまいます。車より自転車のほうがよっぽど早いんです」
夏は猛暑のなか、チャリンコで疾駆されるためだろう。お肌は健康的にこんがりと焼けていた。去年は看取りが少なかったが、今年は急激に増え、多い月には6名の方を看取ったという。
「ホスピスとか緩和ケアとかを耳にすることも多くなり、それだけ普及はしてきているんだと思います」
頻回に連携をとる診療所は7カ所ぐらいで、そのドクターともこんな会話を交わせる。
「先生、往診お願いします」
「ぼくは明日行ったらいいのかな」
「いいえ、今日行って!」
こうしたやりとりができるのは、ホスピスから紹介を受けた患者さんのことは毎日、ドクターや看護師に申し送りをし、週に1度はカンファレンス(会議)をしているためだろう。池永さんの場合は、開業医に比べてさらに話しやすいのだという。
「ムチャクチャ話しやすいですね。池永先生が内輪なら、開業医の先生が親戚、といった感じでしょうか」
治療と緩和の線引きがむずかしい

高沢さんはクリスチャンではないが、池永さんは大学時代に洗礼を受けた。
「クリスチャンじゃないとホスピス医ができないということはありませんし、ほかのスタッフもそうでない方のほうが多いです」
本館1階の入口を入ってすぐ左側に初代院長の名を冠した「ブラウン記念チャペル」がある。ロビーでは、週に1回ほど聖書の解説をする「お茶会」があり、ここでも「クリスチャンではない参加者が多い」と、池永さん。
「クリスチャンだから最期まで落ち着いているかというとそうでもありません。少なくともキリスト教を信じるのは、死に対する恐怖感があるからこそ信じるということもありますから」
ホスピス病棟のある7階は「死に場所や」といわれてきたことについても、「ある意味、そういう部分はある」と否定はしない。
「でも、まだ多くの患者さんが疼痛緩和のモルヒネなどの治療をすると命が短くなると誤解しておられます。そうじゃなくて、1日でも元気な状態で長く生きるため、痛みをとって食欲をつけ、夜しっかり眠れるようにする。目標は抗がん剤治療となんら変わらないわけです」
緩和ケア病棟の数は増えているが、「治療」と「緩和」の線引きがむずかしい。脳転移したときなどの放射線治療なども、設備がないためできないところも少なくない。
「うちでは幸いにもできますし、技術の向上で骨転移などの放射線治療は10日間で終わります。1カ月とか当てるとそれだけでもQOL(生活の質)が下がりますが、10日間で効果があるならば緩和医療だと思います。海外では、この放射線治療をわずか1日で行う方法も検討されているんです」
抗がん剤治療など、何かをしていないと自分を支えられない人もいる。
「そういう方は、一般病棟で緩和ケアチームがお世話するほうが、ご本人にとっても幸せなのかなあと思います」
一般病棟でも緩和ケアを
池永さんは、もっと一般病棟でも緩和ケアが当たり前になって欲しいと、『一般病棟だからこそはじめる緩和ケア』(メディカ出版刊)を著した。その本には「エエ死に方」についてこうある。
「残される者に、これからも生きていくことを勇気づけるような、力を与えるもの」だと感じています。「死」を単につらい・悲しい出来事としてとらえるだけではなく、誰にでも訪れるもので、恐ろしいものではないことを、残される者にしっかりと教えてくれるものが、「良き死」なのではないかと考えています。そのことにより、限りある僕たちの命は、残される人々の心のなかにいつまでも残る、“永遠の命”に変えられるのではないかと思います。