神宮寺 「いのちの現場」に身を置く住職が目指す、温泉場でのホスピス運営

取材・文:守田直樹
発行:2007年3月
更新:2013年9月

役目は家族・医療者との調整

何百人ものターミナルの方のサポートに入った高橋さんだが、「坊さんの説教を聞きたい人なんていない」と断言する。

「患者さんたちの痛みは、肉体的な痛み、社会的な痛み、精神的な痛み、それから霊的な痛みの4つに大別されるといわれますが、それらが相乗的に、ガチャガチャになって訳のわからない痛みになっていると思うんです。そんな状態で患者さんが求めるのは、まず肉体的な痛みの解消で、次が社会的なさまざまな問題を解決して欲しいということ。魂の問題はプライオリティがずっと低いんです」

患者や家族が求めてくるのは、人生経験が豊富な住職による調整と直言だという。

「ぼくに求められるのは完全に調整役。医療者との調整や、関係性のよくない家族など人間関係の調整です。ソーシャルワーカーよりも、たぶん住職だからもっと踏み込んで、言いにくいことを言えるんだと思います」

「ホスピスの原点」で見た在宅への流れ

2005年、高橋さんは近代ホスピスの発祥の地とされるアイルランドと、その流れをくんでシシリー・ソンダースがイギリスに建てたセント・クリストファーズ・ホスピスを訪問し、施設ホスピスから在宅への流れが本格化していることを確かめてきた。ホスピスといえばキリスト教と一体のイメージがあるが、宗教者が出てくる場面はほとんどないという。

「イギリスではスピリチュアルケアまで、スペシャルナースと呼ばれる看護師が行っていました。宗教者より医療の素地があるナースの存在のほうが大きいんです。

2004年にはホスピス病棟のベッド数が62だったのに、ぼくが行った2005年には48ベッドに減らしていました。その流れはイギリス全土に広がっているそうなんです」

イギリスのがん死者は年間15万5000人、日本の31万人の約半数だ。そのうちホスピスで亡くなる人は約26パーセント、日本の3パーセントとは比較にならない。施設数も倍近くあるためだが、平均在院日数の違いも見落とせない。

たとえばセント・クリストファーズの平均在院日数が13日なのに対し、日本の施設ホスピスの平均は40日。これでは早晩、一部の恵まれた人しか入れなくなるのは目に見えている。

同院では、ドクターやナースなど5~6人の「在宅ケアチーム」が6組ほどあり、500人ほどの在宅患者を診ているという。つまり、スペシャルナースや地域ナース、そしてアシスタントナースという日本でいえば保健婦的な役割を果たす人などがチームを組み、在宅ケアを支えているのだ。

「スペシャルナースは、プロとしての確かな技術を持ち、かなりの権限を持っています。日本でもこうしたナースを養成し、権限を持てるように制度を変える必要があると思います」

湯煙漂う地方都市に診療所を

写真:浅間温泉の人たちが���体となってバリアフリーのケアタウンを目指す

浅間温泉の人たちが一体となってバリアフリーのケアタウンを目指す

このように「いのちの現場」に身を置く高橋さんだが、そこで得てきたものを今、ふるさとにフィードバックしようと奮闘している。

「小さなホスピスを運営したいんですが、すごくやりたいというナースが多い一方、ドクターはなかなかいません。診療所を別の場所に持っていたりする兼業じゃなく、ここに診療所を持ってもらいたいんです」

次へのステップで、2006年暮れには400人以上の看取りを体験している仏教のチャプレンともいえる「ビハーラ僧」が神宮寺に研修に入った。

地方分権で医療や福祉の地域格差がますます広がってきている。心と体を癒す名湯が湯煙を立ち上らせ、素敵な人たちが暮らす温泉町に、意気込みのあるドクターが風に乗って舞い降りることを願っている。


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