さくらいクリニック ふわっとフィットした距離感での在宅ケアが人気の秘密
疼痛コントロールもきちんと処置

診察でも笑いが絶えない

医師と患者という関係を超えた友人のよう
Sさんが最初にクリニックに行ったのは10年以上前のこと。以後、病院との縁はうすかったものの、桜井さんとは駐車場が同じで、会社帰りに挨拶をかわす間柄だった。退院して自宅に帰るときに相談すると、入院先の総合病院まで看護師といっしょに訪れてくれた。病院では足元がふらついてトイレにも行けなかったのに、いまは「仕事に行きたい」という意欲も出ている。
奥さんもうれしそうにこう話す。
「ここまで元気になったのが嘘みたいな気持ちです。夫は身長が高いので、病院のベッドは小さくて頭がつかえていたのに、桜井先生が大きいのを世話してくれたし、病院ではモルヒネの関係で言葉が聞きとりにくかったのに、いまはずっといいんです」
入院中はMSコンチン(一般名硫酸モルヒネ徐放剤)というモルヒネを経口投与していたが、在宅になってからはデュロテップパッチ(一般名フェンタニルパッチ)という貼付用の鎮痛薬に変え、ふらつきもなくなった。総合病院では疼痛コントロールは二の次にされがちだが、「桜井さんはちゃんと聞いてくれる」。また、抗がん剤治療にも取り組んできたが、患者負担があまりに大きいとSさんはいう。
「オキサリプラチンという抗がん剤があるんですが、2006年4月に保険適応になっても1回の治療総額が10万円近くかかるんです。高くて使えず、困っている人もたくさんいると思うんです」
Sさんは深刻な話をしながらもユーモアを忘れない。取材中にも何度も冗談で周囲をなごませてくれる。写真撮影をお願いすると、
「女性記者かと思うて、わざわざ散髪したのに男やしなあ」
すぐに桜井さんが、「そら、すいませんでした。」と突っ込みを入れる。かけ合い漫才を楽しむふうに、Sさんはこう言った。
「桜井先生は、エンターテイナーのところもあるしね。冗談を言うてね、患者がほっとする部分ありますから。真面目1本ではやってられないですよ、患者もね」
関西ならではのボケとツッコミ

クリスマスなど季節ごとの飾りを必ず行うスタッフたち
Sさん宅に訪問看護に訪れる看護師が岩切由紀子さん。岩切さんは「さくらいクリニック」で働きはじめて3年あまり。その前は総合病院で働いていたが、5年を契機に仕事を辞め、転職を本気で考えた。
「インテリア関係の仕事に就こうと、半年くらい学校にも通いました」
しかし、仕事をしないわけにはいかず、「さくらいクリニック」の求人に応募。ここで在宅医療にかかわるようになって、はじめて仕事の喜びを感じるようになった。
「在宅だと、1人ひとりの方に深くかかわれるし、徐々に元気になられると逆に私のほうがパワーがもらえるんです。はじめて看護師になって良かったと思いました」
口数が少なくおとなしい岩切さんだが、それも患者さんが信頼を寄せる理由かもしれない。在宅医療を行う喜びをこう表現した。
「患者さんに必要とされていると感じられるところでしょうか」
看護師さんも、在宅患者によって生きがいを与えられ、それを励みにさらに心を込めたケアが可能になるのだろう。
外来でのさりげないグリーフケア
内科と整形外科を専門にし、「日本リウマチ学会認定医」でもある桜井さんのところへは大勢の外来患者も訪れる。
死別によって生じる深い心の痛みを癒そうとするものを「グリーフケア」と呼ぶが、外来の現場で自然に行われていることもある。
インフルエンザの予防接種に2人の息子とともにやってきた母親に、桜井さんがこう話しかける。
「あれ、じいちゃん亡くなって何年になる?」
「去年の11月、もう1年になりますね。2年くらい自宅でしたからね」
「奥さんも、がんばったよね」
「じいちゃんが可愛がってた犬も3カ月後に死んだんです」
「さみしい言うて連れて行ったんかなあ」
桜井さんは、外来と在宅医療の両方を行う家庭医のよさをこう話す。
「施設ホスピスだと遺族の方に手紙を出して、グリーフケアと言われるものになりますが、地域で家庭医をやってると向こうがニーズを持ってきてくれるので、それに気づいて対応できればいいだけなんです」
もちろん3世代同居は、恵まれた家庭といえるだろう。桜井さんはこれまで170人ほどの看取りを行ってきたが、そのなかには独居の方も含まれている。