ホームホスピス宮崎 「宮崎全体を他人に思いやれるホスピスに」を目指して
在宅だからできること

家族の前でもほとんど涙をみせなかったが、自宅に帰ってからのある夜、布団の中からすすり泣きが聞こえてきた。
「私がふっと目を覚ますと、シクシク泣きよるですよ。『もういいが』って手を握るしかできんからですね。いくら夫婦でも、下手な言葉かけをするのは、ある意味嘘じゃないですか。こっちも歯がいかですよ。でも、お医者さんでも治せんことあるっちゃからって」
緩和ケア病棟の個室か、自宅でなければこんな時間はもつことができない。妻を失ってまだ2カ月。目に涙を浮かべながら、夫は自分に言い聞かせるように語った。
「満足感じゃないけども、まあ、やれるだけのことはやったという感じはあります。亡くなったあとの悲しみのどん底のとき、娘が田原さんに教えてもらいながらシャンプーまでいっしょにしたんです。病院ではどうしても事務的になるでしょう。娘にきれいにしてもらって、うちの奥さんも満足してると思うんです」
Aさんの場合のように、「いちはら医院」では、患者さんを引き受ける前には必ず病棟に出向き、看取りを終えた後にはドクター市原は病院の主治医に、看護師は病棟ナースへ手紙で経過報告を必ずしてきた。そうした地道な努力が、病院と診療所のいわゆる「病診連携」として実りつつあるのだろう。
ドクター市原はこういう。
「たとえば膀胱がんの方でも、ターミナルになればオールラウンドで診ていかなければいけません。だから泌尿器科の専門医より、ホスピス医に求められるような力量が必要になる。患者さんのことをトータルで診るかかりつけ医がしっかりし、そして手術や放射線治療は頼むねと専門医に言えるような関係づくりが大切なんです」
「かあさんの家」をコミュニティケアの拠点に

「いちはら医院」のスタッフは、「かあさんの家」へ往診や訪問看護にいくことも少なくない。身体状況に合わせて、複数の在宅医や訪問看護師がかかわっている。
こうした��療費とは別に、入居者は食住費、いわゆるホテルコストの月額約12万円~15万円は必要になる。安いとはいえないが、一般的なグループホームと同レベルと言えるだろう。市原さんによると、「なんとかトントンの収支で運営している」そうで、24時間のケアを実現する秘密のひとつが、「介護管理費」だ。
「デイケアなどを除いた時間が介護管理費で、1時間80円の計算で、入居者1人あたり約4~5万。それが4人で20万弱、つまり4人の入居者でヘルパーさん1人を雇用しているような形になります」
そして何より最大の力が、熱意のあるスタッフたちだ。入居者の心穏やかな生活を支援する「やりがい」があれば、「お金だけではない」という看護師やヘルパーたちが集まってくるのだという。
たしかにスタッフの誰もが生き生きとした笑顔で、
「うちの両親もここへ入れたい」
と、異口同音にいう。
昼食に出ていた宮崎名物の「冷や汁」を味見させてもらうと、これが絶品。なにしろ手のかけ方が違う。アジの素焼きをほぐし、炒りゴマを摺ったものに味噌を加えて平らな団子状にしたものを1回焼く。キュウリやしょうがなどの野菜を入れ、冷やして食べやすくした栄養満点のスープだ。
「どう、かあさんの味でしょう」
スタッフに言われ、「ごはんもください」と、喉元まで出かかった。
「HHM」では、「かあさんの家」に積極的にかかわる訪問看護師などを、東京の先進的な現場に研修に送り出す活動も行っている。
「一生懸命かかわってくれる人は、私たちの仲間だと思っています。先進地で最先端の訪問看護を学んできてくれれば、それが『かあさんの家』に跳ね返ってきます。そして宮崎の町全体に広がっていくでしょう」
まだ試行段階だが、介護や病気の不安などを相談するための「ケアサロン」として「かあさんの家」を地域に開放。近所の人たちも、雨が降れば洗濯物を取り込んでくれたり、庭木の剪定なども手伝ってくれるようになってきた。
「宮崎をホスピスに」するための市民パワーが少しずつ実を結びつつある。
