ケアタウン小平 明日のことは分からない、だからこそ今を十二分に楽しんで生きている
職員も患者も同じ食事を食べる

「ケアタウン小平」のもう1つ重要な機能がデイサービスだ。ちょうどお昼時で職員とボランティアがいっしょに食事の支度をしているシーンに出くわした。
慣れた手つきでテキパキと給仕していたのがボランティアの三澤洸さん。71歳という実年齢より、ゆうに10歳は若く見える。
「今も還暦野球チームに入っているからでしょうか。ここでのボランティアもパワーがもらえるんです。この間も92歳の女性が、『味が薄すぎる』って文句を言われて。『薄すぎるぐらいが体にいいのよ』って声が飛んで黙られましたけど、すごいでしょう」
食事のおいしさは、看護師が利用者と同席して同じものを食べていたことからも伝わった。高齢者施設では、職員が同じものを口にしないところも多く、どうしても明るい食卓にはなりにくい。
ボランティアの役割も決められているわけではない。自分がやれることをやるのが基本だ。小豆入りのゼリーのような3時のおやつ「しぐれ傘」もボランティアの手作りだ。
看護師の錦織さんが嬉しそうにいう。
「7月からは、すべてボランティアさんがおやつを作ってくれて職員も大助かりです。これを固めるのに、寒天にアガーという材料を使ってわざわざ食べやすくしてくれているんですよ」
山崎さんらが「ケアタウン小平」をはじめるにあたり、最も重視していたのがボランティアとの共働だった。月に1回ミーティングする40数名以外にも、少しずつ輪が広がってきている。
お年寄りも子どもも、みんなで支え合うコミュニティケア

先日も、近所の女性がふらりとクリニ��クにやってきた。山崎さんが問診すると、がんで手術を受けるかどうか悩んでいるという。
「何かあっても、ぼくが責任をもって在宅で診ます」と約束すると、安心して手術を受け、成功したあとに手伝いを申し出てくれたという。
「その方は時間があるとひょいと来て、洗濯物をたたんだりしてくれてます。ケアの仕事を丁寧にやって行くと、人と人とのつながりが芽生えてきます。日本人はまだまだ見知らぬボランティアを自宅に入れるのは抵抗がある。だけど、たとえばここで顔見知りになった者同士が、あの方なら私が行きますと手伝いに行ってくれるようになれば理想なんです」
食事の後、ボランティアのピアニストの演奏で、合唱が始まった。美空ひばりの『悲しき口笛』のリクエストで、ボランティアの三澤さんが歌いはじめると、つられて利用者さんたちも歌いはじめる。
「上手いですねえ」
と、褒められた三澤さんは、
「新宿で流しをしてたんですよ」
「ホント?」
「……ウソです」
どっと笑いが巻き起こった。
ふと隣室をのぞくと女性が「ボランティア日記」を書いていた。ボランティアも立派なチームケアの一員。情報の共有のために日記を書くことになっているのだ。
1年間のデイサービスで、新たな課題も見つかった。ほかの施設で診てもらえないような神経系難病の方など医療ニーズの高い人をできるだけ受け入れている。
が、その家族も、夜は365日患者のそばから離れられない現実がある。
「ナイトサービスが無いんです。全ての人を受け入れるのは無理なので、まずデイサービスの利用者で介護度が高い人から家族のサポートのためにナイトサービスを始めることにしたんです」
特別な部屋を用意するわけではない。通い慣れたデイルームの一角をパーテーションで仕切り、看護師が夜勤で見守る。週1回、1泊2日で2人を定員に行うナイトサービスは厚労省から研究費が助成されることになっている。
「とりあえず研究期間だけですが、うまくいけば制度化も夢ではありません。患者の家族も1泊2日の時間がとれれば、小旅行もできます。家族が休めれば、患者さんへのケアの質も上がるはずです」
山崎さんらが目指すものは、単なる医療と介護の拠点ではない。子どもからお年寄り、病気の人も健康な人もみんなが集まる「コミュニティケアの拠点」が目標だ。
「1カ月に1度、地域の子供たちにここを遊び場として提供しているんです。NPOで遊びを専門にやっているプロを招き、宝探しなどいろんな遊びをいっしょに楽しむ。最近は子供たちもデイサービスに顔を出したり、中庭で遊んだり、微笑ましい光景もみられます」
山崎さんの穏やかな笑顔の向こうに、次世代の子どもへ「命をつなぐ」人々の笑顔が浮かんだ。