低コストで安全かつ効果的な進行前立腺がんの順次薬物療法

監修●藤井靖久 東京医科歯科大学大学院腎泌尿器外科学分野准教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2015年3月
更新:2015年5月


最初から強い治療を行うと、がん細胞が変異を起こす

欧米の治療ガイドラインでは、去勢抵抗性前立腺がんに対しては、治療早期から新規薬剤を使用することを推奨している。しかし、この方法はコストがかかるのに加え、危惧すべき点もあるという。

「新規薬剤は確かに優れた薬で、ホルモン療法薬のザイティガとイクスタンジは、強力にアンドロゲンの産生╱作用をブロックしますし、ジェブタナもタキソテールを進化させた強力な抗がん薬です。しかし、治療の最初から強力にアンドロゲンをブロックしてしまうと、たちの悪いがん細胞ができてしまうのではないか、と考えられるようになってきました」

前立腺がんの細胞が持つアンドロゲン受容体(AR)は、基本的にはアンドロゲンが結合することで、核内で細胞増殖の信号を出し始める。ところが、結合部分のないアンドロゲン受容体(AR-V7)が変異で生じることがある。これはアンドロゲンがなくても常に増殖の信号を出し続ける受容体で、AR-V7陽性の前立腺がんは、新規薬剤でもほとんど効果がないことがわかっているのだ。

「ザイティガかイクスタンジですでに治療をした人では、半数以上がAR-V7陽性になっているというデータがあります。これらの治療を行う前は、陽性率はもっと低いので、強力なホルモン療法を行うことで、AR-V7陽性の前立腺がんが増えるのではないかと危惧されます」

ザイティガ=一般名酢酸アビラテロン イクスタンジ=一般名エンザルタミド ジェブタナ=一般名カバジタキセル

遅延CABの結果で予後を予測できる

治療戦略を考えるときには、予後を予測することが重要になる。遅延CABが奏効するかどうかで、その後の治療の効果や予後を予測することができることがわかってきた。初回のLH-RH製剤はほぼ全員に効くので、予後予測には役立たないが、遅延CABは、効く人と効かない人がいる。

代表的な2つの症例がある(図3)。どちらも放射線療法後に再発し、同じ内容の治療を受けている。LH-RH製剤単独から始め、これが効かなくなった(去勢抵抗性となった)時点で、抗アンドロゲン薬を加える遅延CABを行う。さらに女性ホルモン薬、タキソテールを使っている。

図3 進行前立腺がんの2つの治療例

遅延CABが奏効した症例Aは��その後の治療も効果があり、去勢抵抗性となってからの生存期間は9年と長かった。一方、遅延CABが効かなかった症例Bは、その後の治療も効果が見られず、去勢抵抗性となってから2年で死亡している。

順次薬物療法を受けた56人を対象にした研究でも、遅延CABが奏効した人たちは、奏効しなかった人たちより生存期間が長いことが明らかになった。

56例の去勢抵抗性獲得後の全生存期間(OS)中央値は3.8年だった。これを遅延CAB有効群と無効群に分けてみると、去勢抵抗性獲得後の生存期間は、有効群が5.8年、無効群が2.8年と大きな差がついていた。また興味深いことに、遅延CABが有効だった人は、その後の女性ホルモン薬もタキソテールも効きやすいということがわかったのである。

Kijima T, et al. BJU Int 2012

新規薬剤登場後の新たな順次薬物療法

以上のような研究結果から、東京医科歯科大学では、新規薬剤登場後の新しい治療戦略を提案している(図4)。

図4 日本人の進行前立腺がんの治療シークエンス2015(案)

最初からCABを行わず、遅延CABにするのは従来と同じだ。遅延CABが有効だった場合には、まず従来の順次薬物療法を行う。弱い治療を続けていき、新規薬剤による強力な治療はその後で行う。

「この人たちは、新規薬剤を後で使っても効果があると考えられます。強い治療を後回しにするのは、コストだけを考えているのではなく、AR-V7のような変異を起こさせないという意味もあります」

遅延CABが効かなかった場合は、新規薬剤による強力なホルモン療法を先に行う。従来の治療では十分な効果が期待できないので、少しでも元気なうちに、より強力な治療を行うのである。

「欧米のガイドラインは、去勢抵抗性獲得後早期から新規薬剤による治療を推奨していますが、日本人には遅延CABが6割強の患者さんに有効ですから、これを行う価値はあります。また、遅延CABの結果によって予後を予測し、適切な治療を選択するという治療戦略は、効果や副作用の面から考えても、コストの面から考えても、合理的だといえます」

さらに検討すべきなのは、日本人にとっての適切な用量だという。「ジェブタナを標準量使った場合、好中球減少など、強い副作用が現れることが少なくありません。

イクスタンジも、欧米人では出にくい血小板減少や倦怠感などの副作用が、日本人には出ています。東京医科歯科大学では、イクスタンジは標準量の半分の量で治療していますが、75%という高い奏効率が得られています。3つの新規薬剤については、日本人にとっての適量を探っていく必要があると思います」

本当に適切な用量は、標準量よりかなり少ない可能性がある。適量を明らかにしていくことは、効果を変えずに安全性を高めることになり、さらにコストを下げることにも役立つかもしれないのである。

カソデックス=一般名ビカルタミド

1 2

同じカテゴリーの最新記事