整形外科との協力で関節痛などの副作用を緩和している 副作用をコントロールして乳がん術後ホルモン療法を乗り切る

監修:石川孝 横浜市立大学付属総合医療センター乳腺・甲状腺外科部長
監修:林毅 はやし整形外科院長
取材・文:柄川昭彦
発行:2009年3月
更新:2019年8月

症状の改善を図りながら乳がんの術後治療を継続

現在、石川さんは、関節痛などの副作用が強く現れた患者さんに関しては、はやし整形外科の林毅さんと連携をとりながら治療を進めている。関節の痛みやこわばりに対しては、専門医の林さんに診断と治療を頼み、症状の改善を図りながら乳がんの術後治療を継続するようにしているのだ。

「乳腺外科の医師が関節痛に対して行うのは、痛みを止めるためにNSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)を使うことくらい。その点、整形外科の医師なら、関節痛に対する専門的な治療を行い、痛みなどの症状を緩和することができます。また、整形外科の医師と連携して治療を進めていくことは、私たち医師にとっても安心ですし、患者さんの安心にもつながると思います」(石川さん)

一方、整形外科医の林さんは、アロマターゼ阻害剤の副作用で関節痛やこわばりが起こるということに対して、最初はかなり懐疑的だったという。

「エストロゲンが低下するとどうして関節痛やこわばりが起きるのか、そこがはっきりしていないので、本当だろうかという思いでした。それに、石川先生から紹介された患者さんの関節痛は、特別な治療を必要とするわけではなく、通常の治療で症状が改善されます。たとえば、アロマターゼ阻害剤を飲み始めてから膝が痛くなったという患者さんがいても、X線検査をすると変形性膝関節症だったりします。そこで変形性膝関節症の通常の治療を行うと、症状が改善されるのです。そのため、最初のうちは、アロマターゼ阻害剤の副作用ではなく、たまたま関節疾患を持っている人が、アロマターゼ阻害剤を飲み始めただけではないかと思ったのです」(林さん)

膝のX線写真

アロマターゼ阻害剤により変形性膝関節症になった71歳��女性。両膝関節に痛みが生じている

アロマターゼ阻害剤服用には独特の症状があった

写真:ステロイド腱鞘内注後1週間後

アロマターゼ阻害剤により朝によく手にこわばりが起こるようになった56歳の女性ステロイド腱鞘内注後1週間後。右手母指がばね指になっている

実際、関節痛を訴える人の中には、そういった患者さんもいたのかもしれない。しかし、アロマターゼ阻害剤を服用している患者さんを続けて診ていくうちに、林さんは、やはり独特の症状があることに気づいた。

たとえば、手のこわばりは朝に強く現れ、しだいに良くなるという特徴があり、“リウマチ様のこわばり”とされていた。しかし、リウマチ専門医でもある林さんには、リウマチのこわばりとはまったく異質のものだということがよくわかったという。やはり、アロマターゼ阻害剤を服用している人に現れる独特の症状だったのだ。

「ばね指の頻度が高いのと、現れる指が独特なのも気になりました。ばね指は腱鞘炎で引き起こされる症状で、通常は親指や中指に起こり、小指にはあまり見られません。ところが、アロマターゼ阻害剤を服用している人では、小指にもばね指が見られる。こうしたことから、やはり副作用が起きているということを実感できました」(林さん)

では、アロマターゼ阻害剤による関節痛やこわばりといった副作用は、どんな部位に現れているのだろうか。林さんがまとめたデータによると、最も多いのが手で、膝、腰、首、肩という順で続いていることがわかった。

[アロマターゼ阻害剤による関節痛やこわばりなどが起こりやすい場所]
図:アロマターゼ阻害剤による関節痛やこわばりなどが起こりやすい場所

薬の服用を中止した患者さんは1人もいない

アロマターゼ阻害剤によって、なぜ関節痛や手のこわばりが起きるのか、その理由は明らかになっていない。

「なぜ起きているのか明確になっていないわけですが、ばね指でも、膝などの関節疾患でも、起きている症状は通常の整形外科疾患と変わりません。治療法もアロマターゼ阻害剤を服用していない場合と同じでよく、たとえば変形性膝関節症なら、通常の変形性膝関節症の治療を行えば良くなっていきます。手のこわばりは阻害剤特有の副作用と考えられ、整形外科的治療で改善できなかったが、薬を中止するほどではなかったです」

林さんによれば、アロマターゼ阻害剤で関節痛などの副作用が現れることは、整形外科医の間ではほとんど知られていないという。したがって、アロマターゼ阻害剤の副作用で整形外科を受診しても、副作用であることを理解してもらえない可能性が高い。今後、整形外科医に情報を提供していくことはきわめて重要といえるだろう。

ただし、たとえ整形外科医が副作用に理解を示さないとしても、現れている症状に対する治療法は変わらない。したがって、関節の痛みやこわばりといった症状があるなら、整形外科を受診したほうが良いと言える。

たとえば、膝の痛みが変形性膝関節症によるものであれば、アロマターゼ阻害剤の副作用で痛みが増強したとしても、やるべき治療はほぼ決まっている。NSAIDsの処方や安静、ヒアルロン酸の関節内注入、筋力トレーニング、リハビリテーションなどを行うことで、膝の状態は改善する。また痛みの強いばね指の場合なら、ステロイドの局所注射で有効になるという。

「石川先生から紹介されてきた患者さんはすでに50人を超えていますが、関節痛などの副作用がひどくなり、アロマターゼ阻害剤の服用を続けられなかった患者さんは1人もいません。全員が、そのまま薬の服用を継続しています。関節痛などの症状が現れているのであれば、ぜひ整形外科を受診すべきですね」(林さん)

閉経後という年齢を考えると、副作用以外の原因で関節の痛みが起きている可能性も高い。そして、副作用だとしても、そうではないとしても、整形外科の専門的な治療を受けることで、症状が緩和される可能性が高いということは覚えておくべきだろう。

副作用の苦痛が強ければ治療を続ける意味はない

写真:ステロイドの腱鞘内への局所注射

ステロイドの腱鞘内への局所注射(『手の外科手術アトラス』(南江堂)より)

写真:ステロイド腱鞘内注後3週間後

ステロイド腱鞘内注後3週間後。アロマターゼ阻害剤内服中

乳がんの術後治療は、再発を防ぐことを目的とした治療である。アロマターゼ阻害剤の服用を続けることが、乳がんの再発を防ぐのに効果的なことは間違いない。ホルモン受容体陽性の閉経後乳がん患者さんが、例えばフェマーラを5年服用することによってタモキシフェンを5年服用するよりも再発のリスクが低下し、最近、生存を改善する傾向もあるというデータが発表されたという。ただし、薬を飲み続けることで、関節の痛みやこわばりといった苦痛を伴うとしたら、それを我慢してでも続ける意義はあるのだろうか。石川さんは次のようにアドバイスしてくれた。

「乳がんの再発は命に関わる状況ですから、それを防ぐための治療は大切です。あまりにも激しい苦痛が続く場合には、アロマターゼ阻害剤の服用を中止することも考慮しなければならないかもしれません。ただし、5年も10年も痛みを我慢するべきなのかといえば、それは違うでしょう。たとえ乳がんの再発が予防できても、痛くてどうしようもない状況がずっと続くのでは、何のための治療かわからないからです。

しかし、副作用があるからといって、安易に服用をやめていいとは言えません。整形外科の医師の力を借りることで、関節痛などは緩和できます。これまではアロマターゼ阻害剤による術後治療を継続できない人が少なからずいましたが、整形外科と連携して治療を進めることで、そうしたケースを減らせると思います」(石川さん)

すでに多くの患者さんを見てきた林さんも、副作用の関節痛やこわばりが現れたときには、整形外科で相談することを勧めている。

「アロマターゼ阻害剤の副作用で受診する患者さんは、多くの場合、もう薬は続けられないかもしれないという不安を抱えています。整形外科を紹介されなければ、副作用のために術後治療を続けられなかったかもしれません。しかし、ほとんどのケースで薬は継続できるので、あきらめる前にぜひ整形外科を受診してほしいですね」

アロマターゼ阻害剤による術後治療は、長く続けることで効果が期待できる治療法である。そのためにも、整形外科の力を借りながら治療を進めることが望ましい。今後、このような治療の連携が広まっていくことを期待したいものである。

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