ホルモン療法の大家、アラン・モニエさん特別インタビュー 患者さんのQOLを第一に考えた乳がんホルモン療法

撮影:向井渉
発行:2007年7月
更新:2013年4月

骨密度の測定を行い必要に応じて薬で治療

――骨粗鬆症は重要な副作用ですが、骨密度はどの程度低下するのですか。

モニエ 閉経期には骨密度が低下します。寛骨(骨盤を形成する骨)では5~10パーセントですが、脊椎骨では20~30パーセントも低下するといわれています。さらに、乳がんは骨密度を低下させる働きを持つ病気ですし、化学療法も、アロマターゼ阻害剤による治療も、骨密度を低下させます。こうしたことも含めて、骨密度が低下しやすい状況にあるのです。
アロマターゼ阻害剤では、年間1~3パーセントくらい骨密度が下がります。これは、加齢による低下率より、大きな低下率です。閉経後に骨密度が下がる率を1とすると、アロマターゼ阻害剤による骨密度の低下率は2.6倍になるのです。

――骨に対する影響は、どのアロマターゼ阻害剤でも同じですか。

モニエ 骨に対して、アロマターゼ阻害剤はすべて高いリスクを抱えています。一方、タモキシフェンには、骨密度を高める作用があります。そのため、タモキシフェンを2~3年使ってからアロマターゼ阻害剤に切り替えたIES試験では、31カ月のフォローアップの段階では、骨密度への影響はあまり明確なものではありませんでした。ところが、58カ月フォローアップした結果が昨年出たのですが、治療終了時も含め長い期間みてみると2~3年のタモキシフェンではサポートしきれないことが明らかになっています。
そこで、どうせサポートしきれないなら、タモキシフェンは使わず、最初から効果の高いアロマターゼ阻害剤を使ったほうがいい、という方向に向かっています。

[図8 アロマターゼ阻害剤の骨密度への影響]
図8 アロマターゼ阻害剤の骨密度への影響

1.Warming et al. Osteoporosis Int 2002;13:105-112.
2.Osteoporosis Int 1997;7:1-6.
3. Eastell et al. J Bone Miner Res 2006;21:1215-1223.

――骨粗鬆症を予防するには?

モニエ 03年のASCO(米国臨床腫瘍学会)のガイドラインでは、65歳以上の乳がん患者は、アロマターゼ阻害剤を使っているかどうかに関わらず、すべて骨密度を調べることになっています。そして、ハイリスクの人には、骨密度の検査を毎年行うように書かれています。
私は、アロマターゼ阻害剤の治療を受けている乳がんの患者さんは、すべて骨密度を調べるべきだと思いますが、必ずしも毎年検査を���る必要はないと思っています。骨折などを予防するために、どのような人に治療が必要なのかを明らかにすべきです。

[図9 アロマターゼ阻害剤の影響による骨折リスク]
図9 アアロマターゼ阻害剤の影響による骨折リスク

1. Howell et al. Lancet 2005;365:60-62.
2. Jakesz et al. Lancet 2005;366:455-462.
3. Thulimann et al. N Engl J Med 2005;353:2747-2757.
4. Coombes e al. Lancet2007;369:559-70;
5. Goss et al. J Natl Cancer Inst 2005;97:1262-1271.

骨粗鬆症は初期に強力に治療すべき

――どのような人に治療が必要なのですか?

モニエ 骨密度の検査結果からTスコアを求めることができます。WHO(世界保健機関)では、Tスコアがマイナス2.5以下を骨粗鬆症としています。ASCOのガイドラインでは、アロマターゼ阻害剤を使っている人には、カルシウムとビタミンDを処方し、よく歩きなさいと指示します。そして、骨密度の低下を抑制するビスフォスフォネートは、Tスコアがマイナス2.5以下の場合に使います。マイナス1~マイナス2.5の場合には、使う場合と使わない場合があり、マイナス1以上の場合には使いません。
これとは別に、ヨーロッパでは新しいガイドラインをまとめています。それによると、アロマターゼ阻害剤を使っていてTスコアがマイナス2以下なら、ビスフォスフォネートを使います。また、Tスコアがマイナス1.5以下だけれどリスクファクターがある場合や、骨密度を測っていないがリスクファクターが2つ以上ある場合も、ビスフォスフォネートを使います。

――リスクファクターとは?

モニエ 65歳以上である、ステロイド剤を6カ月以上使っている、腰椎骨折の家族歴がある、脆弱性骨折の経験がある、という4つです。

――ビスフォスフォネートはどのような剤形を用いるのですか。

モニエ 飲み薬より静脈注射が適しています(注1)。アロマターゼ阻害剤による治療を始めると、初期に骨密度が低下するので、骨に対する副作用対策も初期に強力に行ったほうがいいからです。また、ヒトできちんと調べる必要がありますが、動物実験の結果ですが、ビスフォスフォネートには抗がん作用もあるので、初期に強力に治療すべきなのです。

注1)日本においてはこのような使い方は保険適用されていません

[図10 ホルモン療法による骨密度低下とゾメタの効果]
図10 ホルモン療法による骨密度低下とゾメタの効果

Gnant et al. J Clin Oncol. 2007;25:820-8

コレステロール値に及ぼすフェマーラの影響

――狭心症や心筋梗塞などの心疾患も、副作用として問題視されていますね。

モニエ 確かにタモキシフェンに比べると、アロマターゼ阻害剤のほうが高いようです。ただ、これまで考えられていたほどではないことが明らかになっています。副作用による心疾患といわれているケースでも、高血圧、糖尿病、肥満などの危険因子を持っている人が非常に多いことがわかってきたのです。
BIG1-98試験でフェマーラの治療を受けた8000人と、健康な閉経後の人との比較では、心疾患になるリスクはほとんど差がありません。それに比べ、タモキシフェンには予防効果があり、虚血性心疾患のリスクを低減させることが明らかになっています。

――コレステロール値にはどのような影響があるのですか。

モニエ タモキシフェンでは、6カ月以内にコレステロール値が12パーセント低下しました。一方、フェマーラ投与グループでは、コレステロール値は変化しませんでした。かつてフェマーラはコレステロール値を上げるといわれてきました。MA-17試験で、タモキシフェンからフェマーラに切り替えると、コレステロール値が上がったからです。しかし、これはタモキシフェンの作用で下がっていたコレステロール値が、タモキシフェンを中止することで元に戻っただけだったのです。フェマーラがコレステロール値を上げるという説は、もはや問題になりません。

――アロマターゼ阻害剤による治療を受ける場合、心疾患に関してはどのような注意が必要になるのでしょうか。

モニエ 治療を開始する前に、コレステロール値、血圧、血中脂質を測定し、正常でない場合には治療することが大切です。ヘルシーな食事と適度な運動、そして必要に応じて高コレステロール血症の薬であるスタチンを使います。昨年、ヨーロッパの学会で、スタチンが乳がんの予防に役立ち、腫瘍縮小効果もあったという報告がなされています。

副作用のほとんどは治療も予防もできる

――アロマターゼ阻害剤の副作用として性的な問題があげられています。どのような問題が生じているのですか。

モニエ アロマターゼ阻害剤では、腟が乾き、そのために性交できないという問題が起きることがあり、欧米では大きな問題になっています。この副作用の難しさは、腟の周囲の潤滑をよくしようとすると、エストロゲンのような物質ができてしまい、アロマターゼ阻害剤の効果が下がってしまうからです。解決するためには、潤滑剤としてのゼリーを使うか、キボロニー(注2)という薬が使われています。
腟の乾きという問題がクローズアップされたのは、06年の終わり頃。そのような副作用に対する治療法の臨床試験が始まったのは、ごく最近のことです。

――乳がんホルモン療法の副作用対策はあるということなのですね。

モニエ 副作用のほとんどは治療も予防も可能です。日本のドクターは、世界のドクターと同じように、副作用の管理や治療に関しても豊富な知識を持っています。

患者さんに言いたいのは、副作用の兆候が現れたら、すぐにドクターに報告してほしいということです。 ――本日はどうもありがとうございました。

(構成/柄川昭彦)

注2)日本では承認されていません

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