進行がん患者さんに希望を与える東大医科研版がんペプチドワクチン療法
近年ようやく研究が盛んに
治験の効果判定基準に課題
「がんペプチドワクチン研究の始まりは90年代にさかのぼりますが、盛んになったのは06年に肺がんや乳がんの手術後の再発予防効果が期待されるような効果が報告されてからです。我々も同じ年の8月から臨床試験を始めています」
現在のところ、日本で行われているがんペプチドワクチンの治療はすべて試験段階。医師主導の試験は、08年11月に厚生労働省が「先端医療開発特区」に認定した4つのグループで主に行われている。日本でこれまでに治療を受けている患者さんは、4グループ合わせて総計2000人程度と見られる。
グループの1つは中村さんらの立ち上げた「がんペプチドワクチンTRネットワーク(通称CAPTIVATION NETWORK)」。参加は59施設で、膵がん、食道がん、大腸がんを始め、13種類のがんに対する臨床研究を実施し、これまでに900人以上の患者さんが参加している。

標準治療がきかない例の生存率に目覚ましい効果
個々の臨床研究の経過をここで紹介することは到底できないが、例えば、標準療法での手だてを失った大腸がん患者さんに対する臨床研究の報告(07年、近畿大学)を見てみよう。緩和ケアや分子標的薬(*)のパニツムマブ(一般名)治療を受けたとしてもほとんどの患者さんが2年以内に亡くなっているのに対して、ワクチン治療を受けた患者さんは、3分の2が30カ月を超えて生存し続けている。

「生きる希望を与えないなら、それは医療とは言えません。ワクチンなら従来の治療が見放した患者さんに最後まで希望を与えることができます」
その���例が、第4期食道がんの患者さんのケース。07年5月に手術した後、両側頸部リンパ節に再発し、放射線化学療法を受けたが、副作用が重く、治療を断念した。ところが、08年4月にワクチン療法を始めたところ、がんの進行が止まり、現在まで良好な状態で治療を継続中だ。
一方、薬事承認を目指す製薬会社による治験は始まったばかり。09年に膵がんに対するジェムザール(一般名塩酸ゲムシタビン)併用の第2、3相試験と、胆道がんに対するジェムザール併用の第2相試験が開始された。また、膀胱がんについては、第1相試験が始まる。
「治験に関しては、現在の効果判定基準が抗がん剤を前提にしているという問題があります。例えば、投与し始めてから2~3カ月で2割以上腫瘍の直径が大きくなったら効かなかったという判定になりますが、ペプチドワクチンは効果が現れ始めるまでに5カ月前後の遅延があります。効き方が抗がん剤とはまったく異なるのですから、判定方法も見直されるべきです」
*分子標的薬=体内の特定の分子を標的にして狙い撃ちする薬
治療は週に1度の注射のみ
副作用もほとんどなし
治療を受けるには、標準治療で手を尽くした上での再発や進行がんであることが条件になる。実施施設に問い合わせた上で、主治医に書いてもらった「診療情報提供書」を施設に提出。血液検査によりHLAの型を調べて、型がワクチンに適合することも必要だ。
治療計画は施設によって異なるが、通常、通院で行われ、週に1回の皮下注射を8週間以上継続するやり方が多い。注射した箇所が腫れる程度で、重篤な全身の副作用はこれまでのところ報告されていない。患者さんに圧倒的に楽な治療と言える。ただし、抗がん剤との併用療法が行われる場合が少なくない。
すべての患者さんに有効なワクチン開発に力を注ぐ
「がんには個人差があり、同じがん種の患者さんのがんが、皆同じタンパク質を作っているわけではありません。今のところ各がん種に対して8~9割の患者さんに適合するペプチドを見つけることができています。我々は、ペプチドを複数組み合わせることで、ほとんどの患者さんに有効なワクチンを開発したいと考えています」。すでに5種類のペプチドを組み合わせて行う臨床研究が始まっている。
「ワクチンは患者さん自身の免疫力を高める治療法ですから、がんの進行していない、免疫力が疲弊する前の状態でこそ、強い効果を発揮するはずです。09年9月にFDA(米国食品医薬品局)が、この点を指摘して、臨床試験のデザインを再考するようコメントを発表しました。今後、日本でも認識や制度が変わってくると期待しています」
なお、治療に使われるワクチンの費用は、中村さんらのグループでは研究費から捻出し、患者側の負担はないという。
がんペプチドワクチン療法に関するご質問は、
東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター
中村教授室まで。TEL:03-3443-8111(代表)
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