ただし、まだ有効性を確かめる臨床試験の段階 1歩抜きん出たがんワクチン、大阪大学「WT1ワクチン」
乳がんのがん性腹膜炎から2年9カ月
しかし、相当な効果が見られた例も少なくない。例えば46歳の乳がん患者の例などはその典型。この女性の場合、乳がんが左右両方にできたため、両方の乳房を部分切除する手術を受け、ホルモン療法を行っている。が、その後リンパ節転移、骨転移を来たしたためさまざまな抗がん剤治療を試みるが、効果なく、がんは大腸にも飛び火し、がん性腹膜炎を起こして腹部に無数のがん細胞が散らばり、さらにはそのがんが周りから腸を押しつぶして腸閉塞となり、寝たきりで食事が食べられない状態になった。通常、このような状態になると、余命1、2カ月とされる。
そんな状態の中、03年からWT1ワクチンの投与が開始された。2週間ごとの投与の2回目を投与したところ、早速効果が現れだした。腸閉塞が改善し流動食が食べられるようになった。5回目の投与後には外泊も可能になり、9回目の投与後はついに退院となった。その後は通院で治療を受け続け、19回目の投与後は仕事に復帰し、現在、治療を始めてから2年9カ月になるが、元気で仕事を続けているという。ただし、腫瘍マーカーは異常を示しているので、がんがなくなったわけではない。がんを抱えながらもこれだけの延命は確かに刮目すべきことだ。
46歳の肺腺がん4期の女性の場合、抗がん剤治療を行ったが効果がなく、左右両側の肺野に多数のがんの粒が散らばり、がん性リンパ管症まで発症した。もはや治療法がなく、そこで、WT1ワクチンの投与となった。投与が始まるや、それまで上がり続けていた腫瘍マーカーのCEAが一転下降し始め、それにつれて腫瘍が少し縮小し、状態もよくなったという。

大腸をとりまくように転移していたがんが(

へしゃがっていた腸(


したところ、腫瘍マーカーが急速に低下した
大きながんでもつぶせる?
結果、先に述べた骨髄異形性症候群の2例を除いては、特���すべき副作用はなかった。打ったところが赤くはれ上がるぐらい。こうしてワクチンの安全なことが確かめられた。このような結果を得て、現在は新しい臨床試験(第1/2相)に入っている。安全性に加えて、有効性を見る試験で、さらに多くのがん種の患者で、より効果の高いと考えられる投与方法(週1回ごと)で行っている。まだ進行中なので結果は出ていないが、すでに効果の現れている患者も少なくない。
1例だけ挙げると、末期食道がんの患者にこのWT1ワクチンを投与したところ、首から飛び出しているような大きながんのかたまりが1カ月でかなり縮小した例がある。これは杉山さんに大きな自信をもたらした。
「免疫の世界では、免疫療法は、小さながんや術後の再発防止には有効だが、大きながんには歯が立たないと言われてきました。しかし、私はこれを見て、条件が合えば、大きながんでもつぶせる、がんを治すことができると自信を持ちました。要はがん抗原とやり方次第です」(杉山さん)
たまたま強いがん抗原であった
それにしても、これまで何100というがん抗原が発見され、そのがん抗原をターゲットにしたさまざまながんワクチンが国内外で試みられてきているのに、なかなか成果が上がらない。その中で、ただ1つ成果を上げているWT1ワクチンの秘密はどこにあるのだろうか。
「WT1タンパクはほとんどあらゆるがん細胞に見られるタンパクです。しかし、そのタンパクの断片であるペプチドがいいがん抗原なのかどうかは最初はわかりませんでした。動物で効果が出ても人間で効くとは限らない。患者さんに投与して初めて強いがん抗原であることがわかったのです。がん抗原はがん細胞の表面に出ているものを取ってきてワクチンにするわけですが、多くのがん抗原は実のところがんタンパクにすぎなかったのではないでしょうか」(杉山さん)
むろん杉山さんらは、これで満足しているわけではない。もっとがんに対する効果を上げようとたえず研究に余念がない。
「今は、ワクチンの投与量や投与間隔はどのくらいがいいかまだわかっていません。調べているところです。それに今のワクチン自体も素うどんみたいなもの。ワクチンには脇役も必要で、ことに使っているアジュバント(免疫刺激剤)はまだ低レベルです。もっといいインターフェロンやインターロイキンなどを一緒に投与できるようになれば、効果はさらに上がるようになると思います」
WT1ワクチンの臨床試験は、大阪大学病院が先行して行ってきたが、最近は他の医療機関(以下表)でも行っている。
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