安全性と根治性の確保が重要 肺がんの胸腔鏡手術
未だにない胸腔鏡手術の定義
肺がんの胸腔鏡手術で、もう1つ問題なのは、未だにきちんとした定義がないということだと文さんは話す。
「胸腔鏡手術と言っても、私たちのように、完全にモニターのみを見て行う、完全鏡視下手術と言われるものから、モニターと少し大きめに開けた孔の術野と、両方を見ながら行うハイブリッド型、少し孔を大きめに開けて(小切開)、カメラをライト代わりにして実際は術野を肉眼視するライトガイド下の手術など、様々な手法が存在するのです。
その背景には、腹部の腹腔鏡手術は、孔を小さくして、炭酸ガスでお腹を膨らませてスペースを確保する必要があるのに対して、肺の場合は手術時に肺を潰して行うので、胸腔内に手術のための十分なスペースが確保できるため、多少孔を大きめに開けて、直接術野を見たりできたほうが、安全性を確保できると考える医師は多いのです」
文さんたちのように完全鏡視下手術を実施する病院は、わずか3割だという。
手技にばらつきがあり、カメラの位置、ポートの数なども施設によって違い、手術手法も様々なのが現状だそうだ。
術後の回復が早い胸腔鏡手術
文さんたちは、自らの豊富な経験に基づいて、胸腔鏡手術の安全性と根治性、低侵襲性を丁寧に説明することによって、さらなる普及を目指している。
その1つに、胸腔鏡下肺葉切除手術を受けた患者238人と開胸肺葉切除手術を受けた患者255人との術後の経過などを比較し、術後の傷の痛みや呼吸機能の回復度、在院日数などのデータを学会で発表した。
「私たちの検証の結果では、胸腔鏡手術のほうが、患者さんの術後の回復などの立ち上がりは早いです。呼吸機能、在院日数、痛みからの回復なども、われわれのデータでは、胸腔鏡手術のほうが良好です。痛みについては、手術後に装着するドレーンの傷の痛みぐらいで、手術の傷はほとんど痛まないです。硬膜外麻酔も開胸手術では手術後に行っていますが、胸腔鏡手術では行っていません。
また、胸腔鏡手術では、傷の小ささのみならず、肋間筋という呼吸をするときに不可欠な筋肉をあまり切らないので、開胸手術と比べて、術後の呼吸機能の回復も早いです(表3)。


40カ月以上の経過を見た生存率でも、胸腔鏡手術は開胸手術よりも有意差を持って治療成績は良いです(図4)。もちろん、開胸手術のほうが若干進行した難しい症例が多いため、バイアス(偏り)のあることは否めません。しかし、それを割り引いても、胸腔鏡手術にはメリットがあることを提示できたと考えています」
今後は、開胸手術と同等と言われるように、肺葉切除やリンパ節の郭清がきちんとできる医師が増えることが、胸腔鏡手術が市民権を得るためには重要だと文さんは強調する。
縮小手術では胸腔鏡手術の役割が大きい
昨今では、画像検査の進歩により、小型肺がんが増え、肺を小さく切除する、区域切除や部分切除といった縮小手術が増えている。このような肺機能を温存する縮小手術では、胸腔鏡手術の役割が増すという。
現在、文さんたちは、縮小手術の9割は胸腔鏡手術を実施している。
「肺を小さく切除する手術のために、わざわざ胸を大きく開けるのは患者さんに負担になります。区域や部分切除では、がんのある部位を特定することが難しかったのですが、昨今、3DCT(3次元立体コンピュータ断層撮影)など画像診断の進歩で、血管から何㎝離れているかなど精密に計算でき、腫瘍部位を正確に把握することができるようになりました」
さらに、異時多発肺がんといわれる、時を隔てて、別の部位にできる肺がんが増えてきているという。その場合も胸腔鏡手術の役割はさらに増すと文さんは話す。
「肺がんの手術は、最初の手術が開胸手術だと、その後、別のところに肺がんが発症した場合、2度目の手術をしようとするときに、胸壁との癒着が強くて再手術が難しいケースもあります。そのような場合、最初の手術が胸腔鏡手術だと癒着がないため、再手術が行いやすくなるのです」
他にも、大腸がん患者に多い、転移性肺腫瘍に対しても胸腔鏡手術は大きな役割を果たすという。
「肺がんにおける胸腔鏡手術は十分メリットがあります。ただし、胸腔鏡手術という手術方法にこだわることなく、患者さんのために、安全性と根治性をよく考えて、正しい適応をしてくれる病院や医師のもとで手術を受けることが大切だと思います」
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