安全性と根治性を備えた肝胆膵領域の腹腔鏡下手術

監修●本田五郎 がん・感染症センター都立駒込病院肝胆膵外科医長
取材・文●柄川昭彦
発行:2015年10月
更新:2019年7月


二酸化炭素がもたらすメリット

さらに、腹腔鏡下手術には、閉ざされた空間で手術が行われることによるメリットもあるようだ。

「お腹を開けて手術していると、そこから水分が蒸発していきます。そのため点滴で水分を補うのですが、体重50kgの人で1時間に500mL失われるという計算で補います。内臓を覆っている腹膜が水分を分泌していて、それが蒸発してしまうのです。腹腔鏡下手術では、この蒸発を防ぐことができます。もっとも、失われた水分は補えばいいのですが、腹膜が乾くことで、手術後に癒着を起こしやすくなるといった問題が生じる可能性はあります」

さらに、腹腔を膨らませるのに二酸化炭素(CO2)が使われるが、それによるメリットも考えられるという。

「空気中には約2割の酸素(O2)が含まれていますが、酸素は形を変えると、細胞傷害性を発揮するような物質にもなります。その点、二酸化炭素は体の中では緩衝剤となるくらいで、非常に穏やかな物質です。二酸化炭素に包まれた環境で手術を行うのは、細胞にダメージを与えず、体へのダメージも小さい可能性があります」

出血を少なくする工夫も取り入れている

表5 腹腔鏡手術のメリット

腹腔鏡下手術では二酸化炭素で腹腔を膨らませるため、出血は少なくなる傾向がある。圧力がかかっているため、血管が切れても出血しにくいのだ。

さらに、同病院の肝胆膵外科では、肝臓の手術で出血量を減らすため、麻酔科医と連携して、人工呼吸の方法を工夫したり、点滴の量を調節したりしている。

「点滴の量が多いと、静脈のボリュームが増え、この状態で肝臓を切開すると、出血量が多くなります。そこで、麻酔科医に頼んで、点滴をあまり入れずに管理してもらうようにしているのです。人工呼吸器も、空気を送り込んだときに胸の中の圧力が高まり、肝静脈から出血が起こりやすくなります。それを防ぐため、やはり麻酔科と連携して、人工呼吸の圧力を調節してもらっています」

こうした工夫も取り入れることで、肝臓手術における出血は、かなり抑えることが可能だという。(表5)

8時間を超える場合は 腹腔鏡下手術は行わない

図6 部分切除と外側区域切除

いろいろなメリットがある腹腔鏡下手術だが、どのような患者さんに対しても行えるわけではない。

「腹腔鏡下手術にはいろいろなメリットがありますが、すべての手術を腹腔鏡下で行うべきかといえば、決してそうではありません。当院では、8時間以上かかると予測される腹腔鏡下手術は、行わないことにしています」

腹腔鏡下手術は開腹手術の2倍くらいの時間がかかるという。腹腔鏡下では8時間以上かかると考えられる場合でも、開腹手術ならはるかに短い時間で手術が終わることになる。患者さんの負担を考えても、医療者側の負担を考えても、8時間以内に終わる手術法を選択するというのは、理解しやすい判断基準である。

同病院の場合、年間に90例ほどの肝臓手術が行われているが、その内、腹腔鏡下で行われている手術は6割ほどだという。

膵臓では、膵がんの手術は、基本的に腹腔鏡下では行っていない。ただ、良性の病気で膵臓の切除手術が必要な場合には、腹腔鏡下で行うこともある。膵頭部を切除する膵頭十二指腸切除という手術は、約4分の1が腹腔鏡下で行われている。

肝がんの腹腔鏡下手術で保険適用となっているのは、部分切除か、肝臓の左端の一区画の切除だけである(図6)。そこで、これ以外の手術については、臨床研究として行っている。膵臓の膵頭十二指腸切除も、腹腔鏡下手術は保険適用になっていないので同様である。

無理をしてまで行わないことが大切

腹腔鏡下手術が適さないケースもある。例えば、肝臓の大きな血管の傍にがんができているような場合、無理をして腹腔鏡下手術を行うと、安全性や根治性に問題が出てくることになる。

「腹腔鏡を使うと、ある部位を1つの方向からはよく見ることはできるのですが、いろいろな方向から見ることはできません。そこが開腹手術と異なる点です。大きな血管の傍にがんがある場合、血管のぎりぎりのところを切る必要がありますが、1つの方向からしか見えないと、これが非常に難しくなります。それでも血管の近くで切ろうとすれば安全性が問題ですし、安全を考えて血管から離して切れば、根治性に問題が出てきます。したがって、このようなケースでは腹腔鏡下手術は勧めません」

腹腔鏡下手術を始めても、途中で腹腔鏡下手術に適さないとわかれば、開腹手術に切り替えることになる。ただし、手術前にCTなどの画像検査を行い、きちんと検討するため、手術が始まってからの変更は、実際にはほとんどないという。

普及のために必要な課題の解決

「肝胆膵領域の腹腔鏡下手術については、安全性についても、根治性についても、どうやれば開腹手術と遜色ない結果を出せるか、という研究が続けられてきています。遜色ない結果を出すためには、どのような範囲を対象とするのかについて、明確にしていく必要があると思います。また、これから始める外科医が、短い時間で確実に技術を身につけられるようにするには、手術のやり方を標準化していくことも必要だと考えています」

そうしたことが順調に進んでいけば、将来的には、肝胆膵領域の腹腔鏡下手術が現在よりも行われるようになっている可能性はあるのだろう。安全な手術として普及することが期待されている。

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