正確なリスク評価で 限局性がんの過剰治療を避けることが重要
手術も放射線も治療成績は同等
【手術・放射線療法】
限局がんに対する根治的治療として、手術と放射線治療の選択肢がある。患者の社会的背景や生活上の希望などを考慮して決められるが、どちらを選んでも生命予後は変わらない。メスを入れたくないなどの理由で放射線治療を選択する患者もいる。
ただし、再発をしたときの治療法が異なる。放射線治療の後に局所再発した場合、実際的に選択肢はホルモン療法になる。放射線治療をした後では組織が傷んでいるため、手術が難しいからだ。一方、手術後の再発の場合には、再発時に放射線治療ができる。古賀さんは手術を第1選択として考えている。
「手術で重要なのは、術後のQOL(生活の質)をいかに維持するかということです。解剖学的に前立腺周囲の構造をしっかり残すことが、勃起能を維持したり、失禁を防いだりということにつながります。放射線治療後の手術では、癒着による直腸損傷などのリスクが高まります。手術の後は膀胱と尿道をつなぎ合わせるのですが、放射線治療の後では、つなぎ目に高率で狭窄が起きてしまいます。局所再発に対する治療後のQOLを考えると、最初に手術を選択するほうが患者さんにメリットが多いと考えます」
手術も一律ではない。
「がんをしっかり取って、前立腺周囲の構造を残すことになりますが、そのときに重要なのがMRIと高精度の生検所見です。手術は1人ひとりに合わせた個別化治療。同じ手術はありません」
【ホルモン療法】
古賀さんは「ホルモン療法はQOLや生命にも影響を与えかねない治療」と危惧する。ホルモン療法の副作用として、いわゆるメタボになり、筋肉や骨量の低下、血糖値、コレステロールや中性脂肪の上昇が起こる。その結果、心血管障害のリスクが高まるとともに、認知能の低下なども指摘されている。がん治療のメリットよりもデメリットが上回ってしまうようでは意味がない。
「なるべく行わないということも、QOLを維持した上で長生きするポイント」だという。
最初に手術を選択した場合は、局所再発しても放射線治療で7割は治せるので、ホルモン治療を先延ばしできる。ここでも古賀さんは「健康寿命を考慮すると、手術が出来るなら手術を選択すべき」と話す。
ガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術
手術については、2012年4月に前立腺がんの全摘手術において、「ロボット支援下手術」が保険適用になり、普及している。この手術は3D内視鏡の拡大視野できれいな映像を見ながら実施し、多関節鉗子という装置(アーム)で人間にはできないような動きで縫合操作ができることが特徴だ。米国では9割がこの方法で手術されている。そのほかには、腹腔鏡下手術、ミニマム創内視鏡下手術(ガスレス・シングルポート手術)、開腹手術がある。
ロボット支援下手術は開腹手術よりも出血が少ない、入院期間が短い、尿失禁からの回復が早い、勃起機能の回復が早い――といった利点があるが、制がん効果は開腹手術と同等とされている。
同病院では、ミニマム創内視鏡下手術の先端型であるガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術を行っている(写真3、図4)。輸血を必要とするような出血や尿失禁が問題となることはほとんどなく、手術から1週間程度で退院できる。「患者さんにとって、費用対効果の高い、優れた手術法の1つと考えています」

図4 ガスレス・シングルポート・ロボサージャン手術の概念

同手術では、3Dハイビジョン内視鏡を挿入し、ヘッドマウントディスプレーで3D高精細画像を見ながら「体の中に潜り込んで手術する没入感」(古賀さん)で手術できる。4㎝ほどの傷が1つだけと低侵襲だ。
この術法の特徴の1つは、腹膜を開けないことだ。ロボットや腹腔鏡下手術では、腹膜内からガスを入れてお腹を膨らませるが、前立腺は腹膜の外にあるので、元来は腹膜を破る必要はない。低侵襲な治療のためには、腹膜に傷をつけずに施術するのが理想だという。
「腹膜の外で施術するのが基本だと思います。腹膜を傷つけると癒着が起き得るし、がんの種類によっては播種もありえます。解剖学的な構造に忠実に、しっかりとよく見える状況を作って手術をすれば尿失禁も少ないし、がんもしっかり取りきれます」
急がず、納得のいく治療選択を
改めて、限局がんの治療について聞いた。
「低リスクの場合は治療をしないのが原則です。過剰治療を避けるべき。がんのリスクをMRIと高精度な生検で正確に評価することが大切です。進行はゆっくりなので、治療を急ぐ必要はありません。主治医とよく相談し、納得の上で治療選択をすることを勧めます」
古賀さんはリスクに応じた、低侵襲な治療の大切さを強調した。
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