これからの緩和治療 エビデンスに基づいた緩和ケアの重要性 医師も患者も正しい認識を
その統合医療は大丈夫ですか?
緩和ケアに関連して、代替療法や民間療法など統合医療についても考えなくてはならない。緩和ケアをきちんと意識して辛さをとらないと、いわゆるがん難民になってしまう。「がん治療医は通常ガイドライン(治療指針)に沿って抗がん治療を行い、標準療法を使い尽くすと『もう新しい薬や治療法はない』と緩和ケアを勧めることが多いですが、その時点でも『まだ何か良い治療があるはずだ』とインターネットなどから辿って怪しい治療に走ってしまう患者さんは少なくありません」(井上さん)
「がん治療の一環として緩和ケアも大切」と専門家が強調しても、目の前のがん治療医が「抗がん治療が大事で、それがやれなくなったら緩和ケア」という姿勢で説明すると、患者は緩和ケアにネガティブなイメージを持ち、「何かしらの抗がん治療を」と統合医療に流れてしまうという。
「がん治療をうたっていても保険適用外の施設や薬剤はほぼ怪しい。それでも『あなたは治りますよ』と言われると患者さんはうれしいから取り込まれて行ってしまう」とその心理状態を話す。加えて「免疫療法で進行がんが治るかもと期待されていますが、これらを含めて『現時点では、抗がん薬治療はがんの進行を抑えるのが目的』と説明している」と井上さん(注:井上さんは、がん薬物療法専門医として進行肺がんの治療も行っている)。
そして、緩和ケア病棟に紹介された患者・家族と話す際にも、自身の状況をどう考えているかを確認する。まだ抗がん治療に望みを捨てきれない患者の場合、その意思は尊重しつつも「何のために抗がん治療を希望するのか」話し合うことで、効果が期待できずに副作用で身体を弱らせる治療しかないことを分かりやすく伝えることで、ほとんどの患者は納得して緩和ケアに専念することを選択するという。「本来、主治医であるがん治療医が適切に抗がん治療の計画を立てるべきなのに、有用性の無い治療を延々と続けることで患者さんに副作用や費用面などで辛い思いをさせているのは論外です」と井上さんは厳しく指摘する。
EBMに基づいた緩和医療とは何か。痛みがひどければモルヒネなどの医療用麻薬も積極的に用いるし、呼吸困難に対してもモルヒネが有用であるとの確固たるエビデンスがある。緩和ケアは経験則で行われているイメージが強いが、ほ��んどは抗がん治療と同様にエビデンスに基づいて施している医療行為だ。しかし一方で、医師自身の思い込みや自己流で緩和ケアが行われていることも思いのほか多いという。基本に従えば本来除去できるはずの痛みが取れない、投与量を間違っている、薬が効いているか確認しないで使い続けているなどのケースが後を絶たない。
患者を責めるな
井上さんが経験した症例で、治癒不能な進行肺がんとなってからも、本人の意向で無治療を通し結果的に7年以上生存した患者がいた。元気ならば抗がん薬治療が勧められるのは通例だが、EBMはあくまで患者の意向が大前提となる。患者は治療医の勧めに全員が賛成するわけではない。希望する人も、しない人もいる。
こういったときに治療医が陥りやすいのは患者を責めたり、誘導したりすること。先の肺がん患者が長期生存したのは結果論だが、同じような経過で穏やかに過ごしている進行がんの患者は他にも大勢いるという。患者が納得して選んでいれば家族を含めて穏やかに最後を迎えられる。副作用が出てもよいからと抗がん治療を選ぶのも、辛い治療は止めたいことを選ぶのも本人次第だ。
「主治医は患者さんに治療を押し付けないでほしい。経験が少ないがん治療医は、自分自身も治療しないとがんはあっという間に悪くなると思っていて、治療するしか道はないと考えています。ただ、現実には治療してもいずれ病気は悪くなるし、一方で治療しなくてもなかなか悪くならない方もいるのです。治療を続けることで副作用のリスクが増えることは間違いないので、それを避けるのが間違いではないと医師が患者さんを後押ししてあげなければならない」(井上さん)
国内での臨床試験が進行中
現在、緩和ケアの領域でも新たなエビデンスを得るための臨床試験がたくさん行われている。欧米は特に力を入れているが、日本では臨床研究に対する社会全体の理解不足やそれに関わる人材の不足により遅れているのが現状だ。肺がん治療に関する臨床試験に長年取り組んできた井上さんは、「緩和ケアにおいても観察研究など、出来ることから実績を積んでエビデンス作りに貢献することができれば」と話している。
日本では、緩和医療に関する臨床研究として、緩和ケア病棟における医療の実態を明らかにする多施設共同研究『EASED』が現在進行中だ。ほかにも『J-HOPE研究(Japan Hospice and Palliative Care Evaluation study)』と呼ばれる、がん患者の緩和ケアの質を評価するための遺族調査が実施されている。こちらは、一般病院、ホスピス・緩和ケア病棟、診療所等を対象にした大規模な全国調査で、「ケアに対する評価尺度」(Care Evaluation Scale:CES)、「患者の終末期のQOLを遺族により評価する尺度」(Good Death Inventory:GDI)、「遺族の介護経験を測定する尺度」(Caregiving Consequence Inventory:CCI) などの評価尺度を用い、多面的に終末期ケアの質の評価を行うもので、これまでにJ-HOPE1研究(2007~2008年)、J-HOPE2研究(2010~2011年)、J-HOPE3研究(2013~2014年)が実施され、国内外から高い評価を受けている。現在はJ-HOPE4研究(2018年~)が進行中だ。
こうした臨床研究により、わが国での緩和ケアの在り方が、より明確に示されるものと期待されている。
若い世代の医師に期待
緩和医療の今後の展望について、井上さんは「今までもこれからもやることは変わりません。すべての医師に緩和ケアのことをわかってほしい。ただ、正直なところ年配の医師が考え方を変えることは難しいと思うので、これからの医療を担う若い医師たちに誤解のないように伝えたいと思っています。東北大学では緩和ケアのカリキュラムがあって、学生や研修医が病棟で実習することも数多くあります」
また若い医師たちへの期待として、「患者さんの価値観、考え方をきちんと聞き出すということ。自分の感覚だけを当てはめて患者さんを診ることなく、辛さに対して必要なことがあればそれを改善させる技術・知識を身に着けてほしいと思います」と述べている。
同じカテゴリーの最新記事
- こころのケアが効果的ながん治療につながる 緩和ケアは早い時期から
- 緩和ケアでも取れないがん終末期の痛みや恐怖には…… セデーションという選択肢を知って欲しい
- 悪性脳腫瘍に対する緩和ケアの現状とACP 国内での変化と海外比較から考える
- 痛みを上手に取って、痛みのない時間を! 医療用麻薬はがん闘病の強い味方
- 不安や心配事は自分が作り出したもの いつでも自分に戻れるルーティンを見つけて落ち着くことから始めよう
- 他のがん種よりも早期介入が必要 目を逸らさずに知っておきたい悪性脳腫瘍の緩和・終末期ケア
- これからの緩和治療 エビデンスに基づいた緩和ケアの重要性 医師も患者も正しい認識を
- がんによる急変には、患者は何を心得ておくべきなのか オンコロジック・エマージェンシー対策
- がん患者の呼吸器症状緩和対策 息苦しさを適切に伝えることが大切