渡辺亨チームが医療サポートする:緩和ケア編

取材・文:林義人
発行:2007年12月
更新:2019年7月

渡辺亨チームが医療サポートする:緩和ケア編(3)

橋爪隆弘さんのお話

*1 モルヒネに対する誤解

モルヒネに対しては、いまだに「余命を短くする」「錯乱状態になる」「麻薬中毒になる」など、多くの誤解や偏見があります。これは、明らかに間違ったとらえ方です。モルヒネを適正に使用する限り余命を短くすることはありません。むしろ、痛みがとれ体調が戻る場合も少なくありません。

モルヒネなどの医療用麻薬は、必ずしも十分に使用されていない場合もあります。緩和ケアの医療体制を整え、医療者側も使用方法を勉強すると同時に、患者さん側も緩和ケアの正しい知識を持ち、モルヒネへの偏見を捨ててもらいたいものです。

*2 医療用麻薬の剤形

モルヒネなどの医療用麻薬には通常の錠剤、カプセル、末(粉薬)、水溶液の飲み薬のほか、注射や坐薬があります。フェンタニルには注射や貼付薬などのタイプがあります。また飲み薬には、決まった時刻に使用する徐放製剤と、突発的な痛みのときに使用するレスキュー剤があります(がんの痛み治療に用いる鎮痛薬の種類)。

[主な医療用麻薬の種類]
  剤形 効果がわかるまでの時間 投与間隔
モルヒネ剤 オプソ(モルヒネ塩酸塩) カプセル、水溶液 1時間 4時間
MSコンチン(硫酸モルヒネ) 2~4時間 12時間
カディアン(硫酸モルヒネ) カプセル、末 6~8時間 24(12)時間
ピーガード(硫酸モルヒネ) 4~6時間 24時間
アンペック(塩酸モルヒネ) 坐薬 1~2時間 8時間
オキシコドン オキシコンチン(オキシコドン塩酸塩) 錠、末 2~4時間 12時間
オキノーム(オキシコドン塩酸塩) 約2時間 4~6時間
フェンタニル デュロテップ(フェンタニル)パッチ 貼付 24時間 72時間

*3 在宅ケア

現在がんで亡くなる人は年間30万人を超えています。その内訳は一般病棟で亡くなる人が90パーセント、緩和ケア病床で亡くなる人が5パーセント、在宅で亡くなる人が5パーセント。過半数の患者さんは、住み慣れた自分の家で最期を過ごすことを望んでいます。また、今から20年後には年間50万人以上ががんで亡くなると予想され、20~30パーセントを在宅でケアするようにしなければならなくなると考えられます。

こうしたことから、最近では在宅ケアのための環境整備が急務となりました。在宅ケアでは、地域の訪問看護ステーションが中心に活動しています。

また入院ベッドを持たずに在宅のがん患者の緩和ケアに当たる「在宅医療支援診療所」の活動も目立つようになってきました。病院の緩和ケアチームは、在宅ケアの支援にも取り組んでいます。

[緩和ケアを支える多施設間の連携]
図:緩和ケアを支える多施設間の連携

*4 訪問看護師

患者さんの家庭を訪問し、在宅療養の手伝いをしたり、主治医やヘルパーの事業所など関係機関の指示・連携のもとに医療的なケアを行うことを専門とする看護師です。在宅ホスピスケアでは24時間体制の訪問看護ステーションが訪問看護師の連絡や手配を集約しており、在宅での療養生活が送れるように支援しています。

*5 腹水

お腹は、腹腔という袋に包まれています。その腹腔には、臓器と臓器の摩擦を少なくして、運動を円滑にするために、わずかな水分が入っています。ところが進行したがんでは、腹膜播種という転移ができて、血管やリンパ管から漏れ出した液体が大量にたまることがあります。これをがん性腹水といいます。お腹の重苦しさや動作のしにくさにつながるために、利尿剤やタキサン系の抗がん剤、タキソール(一般名パクリタキセル)タキソテール(一般名ドセタキセル)を使用したり、点滴の量を減らしたり、管を留置して水を抜くこともあります。

石川千夏さんのお話

*6 QOLの低下とがん患者の主訴

がん治療の目標の1つは、がん患者さんのQOLの向上にあります。緩和ケアを必要とする入院中の患者さんの訴えは、痛みや倦怠感、浮腫などの身体症状だけでなく、不眠や今後の不安など様々なものがあります。私たちはその訴えに十分耳を傾け、揺れ動く気持ちに寄り添いながら、苦しい症状を緩和できるよう手助けすることで、患者さんが残された時間を自分らしく生きられるよう支援しています。


橋爪隆弘さんのお話話

*7 心の痛み

がん末期の患者さんには、身体的な痛みだけでなく、様々な心の痛みが伴い、これを全人的痛みと呼びます。たとえば、自分の家族がどうなるのかという悩みも出てきます(社会的苦痛)。自分がいなくなるとみんなから忘れられてしまうのではないかという寂しさも痛みとなるでしょう(精神的苦痛)。「いったい自分の人生は何だったのか」という問いかけもあるはずです(スピリチュアルな痛み)。

病棟のスタッフは、こうした心の痛みや悩みに耳を傾け患者さんと共感(わかってあげること)することで、その痛みを和らげることができると考えています。

[全人的な痛み]
図:全人的な痛み

*8 サイコオンコロジー(精神腫瘍学)

がん患者には、うつ、不安、不眠等々の精神的問題が広く存在することが知られています。精神腫瘍学は、精神医学、心理学のみならず免疫学、内分泌学、脳科学、社会学、倫理学など多くの学問から成り立ち、がんが心に及ぼす影響だけでなく、心や行動ががんに及ぼす影響を明らかにすることにより、QOLの向上を目指します。緩和ケア診療加算を算定する緩和ケアチームには、必ず精神症状の担当医師が加わることが定められています。


*9 PCA

PCAはPatient Controlled Analgesiaの略語で「患者自己管理鎮痛法」の意味です。患者さんが自らの痛さの状況にあわせて鎮痛剤の投与を行う方法です。薬剤の投与は、静注、皮下注、硬膜外投与のどれでも可能で、通常は持続投与をしますが、患者さんがPCAボタンを押すことにより、一時的に追加投与できます。

この機器の使用により、患者さんが痛みを覚えたとき、医療者が駆けつけるのを待たなくてもすぐに自分にとって最適量の鎮痛剤を受けることができるので、苦痛を感じる時間を最低限にできるわけです。

*10 意識障害

死を迎える人の8割以上は、意識障害に陥ります。昔から「お迎え」と呼ばれてきた現象です。

石川千夏さんのお話

*11 家族のケア

緩和ケアは、患者さんのみならず、その家族をも含めて考えてゆくべきであると考えられています。患者とその家族にとって最良の生活の質を目指すことが大切です。失われていく患者さんの命に対して、いかに家族の悲しみや心身の負担を和らげるかというサポートも、緩和ケアのテーマです。

WHO(世界保健機関)の緩和ケアの定義には、「死別後も、家族を支えることを行う」とされています。患者さんが亡くなったとき、ねぎらいの言葉をかけたり、落ち着いてから医療者が遺族宅を訪問することもあります。


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