もっと知って欲しい。痛みを取る治療はたくさんあることを 痛みは、我慢するのが美徳ではない。きちんと訴えていこう

出席者:内田絵子さん NPO法人ブーゲンビリア代表
出席者:鈴木厚子さん 看護師
出席者:川越 厚さん ホームケアクリニック川越院長
出席者:服部政治さん 国立がんセンター中央病院緩和医療支援チームリーダー
撮影:板橋雄一
発行:2007年5月
更新:2016年5月

痛みは我慢しないことが大切

編集長 鈴木さんはエックスナイフを受けたそうですが、あの治療では頭に固定具をつけるのが非常に痛いそうですね。

鈴木 すごく痛いです。午前中に固定具をつけて、午後に治療だったので、待ち時間が2時間くらいあったのですが、頭を締め付けられるような痛みがありました。孫悟空状態ですね。局所麻酔はしますが、それが途中で切れてきて、とにかく痛かった記憶があります。食事をしてもいいと言われましたが、とても無理でした。

編集長 ガンマナイフやエックスナイフの効果は明らかですが、痛みのために、2度と受けたくないと言っている患者さんがけっこういます。

川越 それはまずいですね。有効な治療法なのに、患者さんが痛みで恐怖感を持たれて、治療を拒否してしまうとしたら、緩和医療が十分に機能していないということです。痛みを取る方法はあると思いますよ。

服部 ええ、取れると思います。薬の種類の問題か、量の問題かわかりませんが。治療する医師は、治療に伴う痛みにもっと目を向けるべきだし、患者さんも、痛みをはっきり訴えたほうがいいですね。痛みを我慢してしまう日本人の奥ゆかしさはわかりますが、我慢しないほうがいい。

聞き出し上手の医師が増えて欲しい

鈴木 我慢するのが美徳だという考えが、日本の社会には確かにあるのだと思います。痛いというのは、医師に対して申し訳ないような気持ちも働きますよね。

編集長 日本人が自分の痛みを訴えるのが上手でないとしたら、医療者の側から、患者さんに働きかけて、痛みを聞き出すということがあってもいいのではありませんか。

川越 我慢強い人から痛みの情報を聞き出すのは、大切な仕事だと思います。たとえば、初対面の患者さんに、「痛いですか、痛くないですか?」と訊いても、「大丈夫です」とか「まあ痛くないです」という答えが返ってくる可能性が高い。大事なのはどのくらい痛いのかを引き出すことです。「10段階でいちばん痛いのを10点として、今の痛みは何点くらいですか」とたずねると、答えやすくなりますね。家族が「そんなに痛くないよね」などと言っていても、本人が「5点」と答えて、そんなに痛かったのか、と家族も驚くというようなことがあります。痛みは自覚的な症状ですが、それを客観的にとらえることが大切です。疼痛治療の専門家だけでなく、一般の医者もそれを知っていてほしいですね。

病気になっても、病人にならないために

編集長 かつて入院で行われていた抗がん剤治療が、外���でもかなり行われるようになってきました。疼痛治療や緩和ケアも在宅で、という流れがあるようです。入院と在宅では、それぞれどんなメリットがあるのでしょう。

川越 当たり前ですが、病気を治す治療は在宅ではできません。しかし、どういう治療をしても助からないという状況になったときには、在宅がいいと思います。死を待つ場所ではなく、残された時間を大切にできる場所として、病室より家がいいというのは当然だと思います。ただ、そのためには、痛みの治療など、苦しみをとる治療が欠かせませんし、それが前面に出ることになります。

鈴木 私個人としては、やはり家族のもとで生活するのがいちばんリラックスできると思います。家族に守られ、医療者に守られ、みんなに守られている在宅医療なら、それがいいですね。ただ、子供の受験もありますし、夫も仕事がありますから、現実には難しい面もあるのかもしれません。

内田 主婦の方が最後に望むのは、家族にこれ以上、心配や経済的な負担をかけたくないということなんです。子供の高校進学や大学進学、それから夫の老後を考えると、少しでもお金を残しておきたい。そうおっしゃる方が多いですね。在宅だったら差額ベッド代、無意味な検査代がなく、在宅医療がもっと広がってくれればいいな、という気持ちは持っています。

服部 在宅を考えるとき、必ず在宅で看取るんだと考えてしまわずに、フレキシブルに対応すればいいと思いますね。たとえば、せん妄や痛みによって、どうしようもない状態になっているときに、それでも在宅でと考えたら大変です。最後まで何もなければいいけれど、最後は病院を頼ってもよいと思います。

内田 そう考えると、家族も在宅に踏み切りやすいですね。たとえ病気になっても、病人にならず、病気をコントロールし、充実した生活を送ることができるような社会が理想ですね。自宅で家族の笑顔やペットに囲まれたり、音楽を聴いて元気を出すとか、気に入った服を着て過ごすとか、生活のにおいを感じるとか、そんなこともできますよね。

在宅医療のバックアップ施設

編集長 在宅医療にはバックアップする態勢が必要だと思います。川越先生のような専門家がたくさんいればいいですが、現実にはなかなか難しいのではありませんか。開業医の疼痛コントロールの技術も問題でしょうし、病診連携がうまくできるのかという問題もありそうです。

川越 日本では、がんで亡くなる人のうち、家で亡くなる人は6パーセントです。これは今後増えていくでしょうし、そうならなくてはいけないと思います。現在は在宅医療を国をあげて推し進めている段階で、そのための制度がどんどん整えられています。私が在宅医療を始めた20年近く前から考えると、まるで夢のようです。

編集長 在宅医療を推し進めるために、何が必要でしょう。

川越 たとえば、緩和ケア病棟がなんのためにあるのか、という問題があります。1度入ったら亡くなるまでいられる施設になってしまっていますが、世界的には、在宅医療のバックアップ施設と考えられています。バックアップ機能は3つあって、1つは症状緩和。疼痛管理がうまくいかないときに、専門家のいる施設に一時的に入院するわけです。そして、痛みなどの症状がコントロールできるようになったら、在宅に戻ります。2つめは、介護で疲労した家族が休むための一時入院。3つめが、亡くなる直前のどうしようもないときの入院。こういう機能で在宅医療をバックアップするのが、緩和ケア病棟の本当の存在価値なんですよ。

服部 ニューヨークのある緩和ケア病棟では、ベッド数はわずか15ですが、在宅で見ている患者数は200人余りということでした。平均入院日数が3・5日。川越先生が言われた3つの機能を果たす施設として必要とされています。

痛みの治療についてもっと知る必要が

写真:記念撮影

長時間に及ぶ座談会が終了後も、疼痛治療への話題は続いた

川越 薬に関しては、昨年12月に「麻薬管理マニュアル」が大幅に改訂されました。たとえば、医療用麻薬の処方を、従来は本人か家族しか取りに行けなかったのですが、委託を受けたヘルパー、看護師、ボランティアでもいいことになっています。それから、事前約束指示という概念が取り入れられました。疼痛緩和に関して、資格を持った医療機関や訪問看護ステーションでは、あらかじめ疼痛緩和の約束事を文書で出しておくことができます。その範囲であれば、看護師の裁量で薬を使うことができます。

服部 たとえば、1日に3回も4回も痛みが起きるようなら、薬の量をこれくらいに増やしてください、といった内容の文書をつくっておくわけですね。そして、それを看護師さんに一任するというシステムですね。

川越 看護師の力量が問われるし、それ以上に医者の力量が問われます。どの医者でもよいというわけにはいかないので、認定制度にするようなことも考えられています。

編集長 医師にも患者にも、痛みの治療についてもっと知ってもらうことも必要だと思いますが。

服部 メディアを利用して啓発することも必要でしょうね。私自身はインターネットを使った活動に参加しています。JPAP(Japan Partners Against Pain)では、医療者向けと一般向けのホームページをつくっていて、ベーシックな知識の普及に力を入れています。昨年の12月から一般向けのホームページで「痛みの相談室」も開設しました。そのほかに市民公開講座などもやっています。がんの痛みに対して、こういう治療があるんだということを、多くの人に知ってもらうことが、とても大切だと思いますね。

編集長 疼痛治療や緩和ケアに関しては、患者と医療者が話し合っていくことが大事ではないかと思います。ぜひこれからも交流の場を広げていければと思います。


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