痛みをなくすレポート(2)痛み治療の米国見聞記 患者の立場に立って、痛みは徹底して取り除く

佐藤一彦 防衛医科大学病院
発行:2005年3月
更新:2013年7月

心身ともに患者が納得する「PCA」という薬の投与法

患者さんが痛みに応じて自分で薬剤を投与できるPCA装置

痛みを和らげる直接的な方法として、PCA(患者自己管理鎮痛法)という注射用鎮痛薬の投与方法があります。これは、患者さん自身がベッドにいながらにして痛みを止める薬のコントローラーです。ほとんどのMGHの疼痛患者さんが利用していました。患者さんが痛みを感じたとき、この装置のボタンを押せばすぐに即効性の鎮痛薬が投与されます。

薬の内容、分量コントロールはきちんと行われていて、投与量や回数の制限も設定できるため、たとえば1時間に4回以上は投与してはいけないという薬剤では、患者さんがいくらボタンを押しても時間がくるまでは反応しません。痛みが生じる度にナースコールをして、鎮痛薬を投与してもらうことに比べると、労働コストの削減につながるとともに、患者さんの満足度も高く、必要な鎮痛薬の量が正確にわかります。

アメリカには疼痛治療薬が何種類もあります。日本は少し前まではそのうちオピオイドと呼ばれる医療用麻薬、特に外来治療で繁用される徐放剤は主に1種類でしたが、今は数種類に増えました。使える薬がたくさんあることはいいことです。患者さんに合った薬剤や投与法が選べるからです。

MGHの臨床現場で使っている疼痛治療薬はオピオイド徐放剤として主に3つ。オキシコンチン(一般名塩酸オキシコドン徐放剤)とMSコンチン(一般名硫酸モルヒネ徐放剤)とカディアン(一般名硫酸モルヒネ徐放剤)です。デュロテップパッチ(一般名フェンタニル貼付剤)は経口摂取ができない患者さんや必要とするオピオイドの量が多くなりすぎて内服が困難な患者さんに限られていました。ほかには日本では未発売のメサドン(オピオイド鎮痛薬の1種)などもありました。

カディアン顆粒は、食べ物に降りかけるようにして使っています。錠剤を受け付けない人に適用していました。

MSコンチンとオキシコンチンの使い分けは、力価(薬の作用の強さ)がMSコンチンの1.5倍あるオキシコンチンのほうに軍配が上がっていました。モルヒネに比べて嘔気・嘔吐、眠気、意識障害などの副作用が少なく、鎮痛効果がしっかり持続すると評価されていました。日本ではMSコンチンやデュロテップパッチより薬の価格も安く、今後多くの患者さんで使われるでしょう。

アメリカではアセトアミノフェンとコデインの配合剤や非徐放製剤であるオキシコンチンもよく使われていましたが、日本では未発売なので、帰国してから少なからず戸惑いました(オキシコンチンは日本では2003年4月に承認)。

副作用についての基本的な取り組み方が群を抜いている

日本ではオピオイド鎮痛薬の副作用に苦しんでいるケースが多いようです。便秘や吐き気を訴えるのが特徴です。これに対して、アメリカではそれらが起こらないように��当たり前のように対策がとられています。その結果、MGHでは副作用に苦しんでいる人はあまり見かけませんでした。

MGHでは便秘や吐き気を訴える前に、あらかじめそれらの防止薬を鎮痛薬と合わせて処方しています。以前は私も、患者さんが便秘などの副作用を訴えたときに、初めて対策を考慮するなど大きな違いがありました。緩和ケアの専門医師が常勤するようになった現在では、最初から副作用を防止すべきだとして、患者さんが副作用を訴える前に処方するようになりました。その効果が大きいかどうかは明白ではないですが、最近では少なくとも便秘や吐き気に苦しむ事例は見られなくなりました。

アメリカの疼痛治療では、病気の種類に関わらず、積極的にオピオイドを用いて、疼痛を除去していました。先ほどの患者さんのように、放射線照射による痛み(治療による痛み)でも、積極的にオキシコンチンやモルヒネなどのオピオイド鎮痛薬を使っていきます。もちろん、痛みが消えたら投与も終了します。背中からカテーテルを入れて鎮痛薬を投与する方法もあります。

日本の場合、放射線照射による痛みに対しては、持続性のモルヒネやオキシコンチンを保険診療で使用できませんので、1日に5~6回内服しなければならない製剤を使用せざるをえません。持続性のオピオイド鎮痛薬は保険診療ではがん性疼痛にしか使用できません。私たちは痛みの治療に対してもっともっと積極的になるべきであると思います。

日本ではモルヒネなどのオピオイドに対する誤解や偏見がまだまだ存在しています。モルヒネは危険だと誤った説明をする人もいますが、20年も前からWHO(世界保健機関)は有効で安全なオピオイド鎮痛薬の使用法を提唱しています。私たちがん治療に携わっている人たちが前面に立って積極的に働きかけていかなくてはいけないと思います。がん治療の患者さんが、通常の外来で主治医からオピオイドを用いて積極的に痛みを除去しましょうという環境ができていけばいいと思うのです。

そのために、がん治療医師が、疼痛にもう少し目を向けて、その原因を追求し、しっかり取り除いてあげる必要があると思います。

そうすれば、オキシコンチンやモルヒネなどを使用して積極的に痛みをとることによって、患者の気持ちも前向きになり、抗がん剤の治療が効果をあげる確率も高まります。抗がん剤が効けば、痛みも軽減し、鎮痛薬も中止することが可能です。今では抗がん剤の低用量投与によって症状緩和に役立つことも報告されています。

痛みを撲滅することを最優先するアメリカのように、オピオイド鎮痛薬をもっとがん治療の初期の段階から使う時代がくれば、患者さんにとってこれほど幸せで意義のあることはありません。

アメリカの医療は各種専門分野が独立しており、その分患者さんや家族にも負担が大きいのも事実です。いわばアメリカの医療を自ら計画する「個人旅行」とすれば、日本の医療は「パック旅行」といえると思います。主治医は患者さんの要望を把握し、必要とあらば専門家の手を借りて、それに対して責任をもって治療を行う。ただし、パックなので、1つひとつには物足りない部分もあるかもしれません。今後はそのあたりを補い改善していく必要があると思います。

私の米国の医療現場見聞記がこうした日本のがん治療の改革に少しでも役に立つことを願っています。患者さんが「あのパック旅行はよかった」と満足してもらえるような医療をめざして―。


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