ボーダーライン膵がんに対する術前化学放射線療法

監修●森 隆太郎 横浜市立大学医学部消化器・腫瘍外科学講師
取材・文●柄川昭彦
発行:2016年7月
更新:2016年6月


手術した場合の生存期間は 中央値で2年を超えている

ボーダーライン膵がんの手術は、血管の再建と切除を伴うため、最初から切除可能だった膵がんの手術よりも大掛かりになり、時間も要するという。横浜市立大学附属病院で行われた100例余りのボーダーライン膵がんの手術は、平均手術時間が11時間24分、平均出血量が1,100mlとなっている。

「通常の膵がんの手術は、8時間程度のことが多いのですが、長いときには10時間くらいかかることもあります。出血量は500ml余りです。手術時間も出血量も、ボーダーライン膵がんのほうが上回ってしまうのは当然でしょう。むしろ、大きな手術をしている割には、時間もさほど長くないし、血管の切除と再建を行っている割に、出血量もさほど多くないと思います。手術器具の進歩がそれを可能にしています」

手術をした患者のうち、R0切除(完全切除)できた人は94%だった。切除できるかどうかボーダーラインと言われた患者でも、手術前治療で効果があった場合には、手術でがんを取り切れる人がほとんどなのだ。

ボーダーライン膵がんの人で、切除手術を受けた人の生存期間は、中央値で27カ月だった。これに対し、何らかの理由で切除手術が行えなかった人の生存期間は9カ月だった。2年生存率は、切除手術を受けた人では55%だが、切除手術を受けなかった人では0%だった。

「手術した場合の生存期間は27カ月ですが、これは手術だけではとても無理だし、化学療法だけでも難しいと思います。比較試験を行ったわけではないのではっきりしたことは言えませんが、ボーダーライン膵がんと診断された場合、この治療を試してみる価値は十分にあると思います」

ただ、化学放射線療法を受けたものの、がんが進行して手術に至らない人も、わずかだが存在する。その人たちにとって、この治療は意味がなかったのだろうか。

「化学放射線療法を行っている3カ月間ほど、手術せずに待つことになりますが、それによって、手術してよい人と、手術しないほうがよい人を、選別しているのではないかと言われています。この間にどんどん大きくなってしまうがんは、手術してもすぐに再発してしまう可能性が高いのです。そういう患者さんに手術を行えば、患者さんを無駄に苦しめることになります。そのような無駄な手術が避けられるのも、術前に行う化学放射線療法の効果の1つと考えてよいのかもしれません」

効果的な薬のなかった時代、膵がんの治療では、とにか���手術が行われていたという。現在は、切除不可能と診断されても、効果的な治療法はいろいろある。このような時代だからこそ、手術すべき人を選択することが重要なのである。

血管に浸潤している場合は セカンドオピニオンを

横浜市立大学附属病院では、ボーダーライン膵がんの術前化学放射線療法を行った患者が100例を超えたこともあり、次の段階の臨床研究を始めている。従来の治療では、ジェムザール+TS-1併用療法が行われていたが、これをジェムザール+アブラキサン併用療法に変えた治療だ。

「昨年(2015年)11月から新しい化学療法を導入しています。放射線療法とTS-1を同時併用する部分は、そのまま変えていません。アブラキサンの登場で抗がん薬の効果はさらによくなっているので、これまでと同等か、あるいはそれ以上の成績が得られるのではないかと期待しています」

臨床研究が進むボーダーライン膵がんの治療だが、このような術前治療がどの病院でも行えるわけではない。ボーダーライン膵がんの術前治療は、ガイドラインでも「臨床研究として行うように」となっている。横浜市立大学附属病院でも、倫理委員会を通し、患者に臨床研究であることを同意してもらって治療が行われているのだ。つまり、そうしたことができない施設では、この治療は行えないことになる。

「がんが血管に浸潤していると、それだけで手術は無理です、と言われることがあります。あるいは、血管に接しているけれど手術をしましょう、と言われることもあるでしょう。そのような場合には、セカンドオピニオンを受けたほうがよいかもしれません。ボーダーライン膵がんで、術前化学放射線療法が有効かもしれないからです」

膵がんが局所で進行し、主要な血管に接している場合には、術前化学放射線寮法が受けられる医療機関でセカンドオピニオンを受けるとよいだろう。

アブラキサン=一般名ナブパクリタキセル

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