標準治療では治癒が難しい悪性脳腫瘍の治療に光明が ホウ素中性子捕捉療法「BNCT」の実用化が見えてきた
商業用の加速器が開発される
BNCTは一時期、頓挫する危機にも直面した治療法だ。
「以前、原子炉での治療は国内では、京都大学原子炉実験所(KUR)と、茨城県東海村の日本原子力開発機構(JAEA)の実験用原子炉で実験的治療が行われていましたが、原子炉という性格上、病院に併設することはできず、それを利用している限りは臨床研究の域を出ず、その状況が今日までずっと続いていました」
東日本大震災以降は、さらに規制が厳しくなり、日本原子力開発機構の原子炉は廃炉となった。京都大学の原子炉も規制対応のため、長期間の休止を余儀なくされた。
そんな中、新たな方法として、加速器(サイクロトロン)を元にして必要な出力を確保するという方法が登場した。
現在、京都大学グループと住友重機械工業が小型のBNCT用加速器を開発し、2016年7月より、京都大学、大阪医科大学、南東北病院で再発脳腫瘍と再発頭頸部がんの治療について治験が行われており、すでに登録は終了している。あとは解析を待つ状況だ。
「BNCT用ホウ素薬剤も開発されていて、こちらもまもなく薬事申請が出されるのではないでしょうか」
中井さんたち筑波大学の研究グループも、企業、関係の研究者、茨城県などと協力して、長さ7mほどの直線型加速器を1台製作した。
同加速器は、高速中性子流入低減を考慮したBNCT専用リニアックで、ベリリウム標的、中性子の原則調整をするモデレータ部分、熱外中性子を集中するコリメータ部分、患者の被曝を低減するシールド部分で構成されている。
「今後治験に着手できるようにするために準備中で、まだ少し時間がかかりますが、数年後に実用化できることを目指しています」
現在、他には国立がん研究センターを中心としたチームが加速器を開発し、実用化を目指している。将来、加速器が普及すれば、BNCTは一気に広がりを見せることが期待できる。
難治がんに期待できるBNCT治療
現在、悪性脳腫瘍については、分子標的薬の*アバスチンなどの化学療法が認可され、免疫チェックポイント阻害薬である抗PD−1薬の有効性についても期待が持たれている。悪性脳腫瘍の薬物療法とともに、放射線治療としてのBNCTがどのように役割を果たしていくかが今後の課題だ。
「現在、BNCTは頭頸部がんやメラノーマ(悪性黒色腫)の治療についての注目度が高まっています。京都大学チームの治験が、頭頸部がんにもフォーカスしてい��とおりです。私たちの今後の臨床試験においても、どの疾患にフォーカスして行うべきかを模索しているところです」
BNCTという治療をとにかく普及させていくためには、まず加速器とホウ素薬剤の薬機承認を得ることが重要だ。この2つは「先駆け審査指定制度」に指定されていて、薬機承認に向けた迅速な審査が期待できる。薬機承認されれば、さまざまな疾患に対しての適応拡大も期待できると中井さんは強調する。
「悪性脳腫瘍の患者さんに恩恵が及ぶのは数年先になるかもしれませんが、まずは、ある疾患で承認を得てそれを突破口に悪性脳腫瘍の治療への適応を実現することが理想です。大いに期待できると考えていますが、そのためには、適正な試験デザインによって治療効果のエビデンスを作らなければなりません」
理論上は、悪性脳腫瘍にとってBNCTは最適な治療ではあるが、実際には正常組織の中にも血管が流れており、ホウ素が存在するため完全に無傷ということはなく、脳の壊死が起こる可能性もあるという。
そのためには、さらに進化したホウ素薬剤の登場、投与量、投与時間、照射方法、線量分布ほかさまざまなファクター(因子)を慎重に検討しながら改善していくことが重要だと中井さんは話す。
いずれにせよ、お手上げ状態だった悪性脳腫瘍の難治症例を救う手段として、BNCT治療は明らかに貢献することはわかってきた。近い将来、悪性脳腫瘍の難治症例に苦しむ患者にとって、福音となることは間違いない。
*アバスチン=一般名ベバシズマブ
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