世界で初めての画期的なBNCT治療が間近に! 頭頸部がんに対する適応承認は今後の大きな発展契機に

監修●小野公二 大阪医科大学BNCT共同臨床研究所長
取材・文●伊波達也
発行:2020年5月
更新:2020年5月


頭頸部がんの次は肺がんと肝がんに期待

BNCTは、頭頸部がんの保険承認により、治療が一気に広がっていく可能性は高い。ただし、BNCTがさらに発展していくためには、今後の課題もいろいろあると小野さんは話す。

まず、さまざまながん種に対してBNCTの治療を実現していくことが重要だ。

「今後は、他のがん種に対しての臨床試験を行いたいという施設があれば、私たちは積極的に協力していきたいと思っています」

現在、わが国では、国立がん研究センター中央病院が、メラノーマ(悪性黒色腫)と血管肉腫に対しての臨床試験(企業治験)を進めており、小野さんたちに追随している。今後は、日本全国の多くの施設が参入してくると考えられる。

現在、BNCT治療が期待されているがん種は、胸壁に張り付いているような浅い部位の肺がん、そして肝がんだという。

だが、実際、患者の相談が多いのは、難治性のがんとして有名な膵がんについてだという。しかし、膵がんの性質上、今のところはなかなか難しいと、小野さんは現状を率直に話す。

「膵臓はお腹の深いところにありますし、現時点では、BPAの集積が十分かどうかFBPA-PETでもよくわかっていないのです」

しかし、単発のがんのみならず、個別臓器に広がった浸潤性や多発性のがん、転移性がん、放射線抵抗性の難治性がんにも効果が期待できるBNCTだけに、他の治療法に比べて多種多様ながんに対して包括的に効果を発揮できる可能性を持つことは確かだろう(図4)。

〝液体のりの主成分が治療効果高める〟とのトピックは?

今後、BNCT治療を進展していくためには、腫瘍へのホウ素化合物の集積をいかに高めていくかについての工夫が課題だという。

「BNCTによる効果が出るかどうかは、ホウ素薬剤がうまく集積してくれるかどうかに尽きます。個々の患者さんによって同じように集積するというわけにはいかないのです。がん細胞の性質や患者さんの生理機能の個人差などの要因によって集積しやすさには個人差があるのです」

現在のホウ素薬剤では、血中濃度が長時間は維持されず、抜けていくのが早い点と、必要な中性子の照射時間とのかねあいで、照射中にも点滴を行いながら治療する必要があるという。

そんな折、あるニュースが飛び込んできた。2020年1月、東京工業大学科学技術創成研究員化学生命科学研究所の研究グループが発表した、液体のりの主成分であるポリビニルアルコールをホウ素化合物に加え、治療効果を大幅に向上させたというものだ。マウスを使った実験で、皮下腫瘍に対する治療効果がほぼ根治(こんち)に近い状態を実現したというのだ。

大いに期待したいトピックなのだが、この結果に対して、小野さんはこのように指摘する。

「アイディアとしては面白く、興味深いと思います。しかし、研究データをよく拝見すると、このような構造にすれば、確かに血中濃度は高く維持されますが、維持されるがゆえに正常組織の濃度も上がります。

中性子照射のタイミングによってはよく効くように見えると思いますが、原理的には正常組織への影響も強くなるはずです。濃度が維持されることはメリットですが、それが腫瘍だけで維持されないと意味がないのです。ですから、あとひとひねり、ふたひねりが必要ではないでしょうか。

例えば、腫瘍と正常組織の濃度比が10倍以上になるといったことです。とはいえ、このようなアイディアがいろいろ出てくることは、BNCTの治療の進歩にとっては大歓迎です」

今後、BNCTの進歩においては、ホウ素化合物の研究が大きな柱となり、より良い化合物が出てくることが重要だ。それと同時に、安定性を保って、深いところまでビームを照射できるように、加速器や照射法を改良していくことも重要だという。

初発のがんから治療を可能にすることが最終目標

さらに、BNCTの臨床試験においても、遺伝子変異をターゲットとした薬物療法で行われている、がん種を問わずに効果を検証する「バスケット試験」と同様な臨床試験を行うことが必要だと小野さんは強調する。

「個々のがん種に対して治療効果を確認する臨床試験を走らせるのではなく、『バスケット試験』のようなデザインで試験を行うことが必要です」

そして、PETにより、ホウ素化合物の集積を確実に評価できるようになれば、BNCTにおいても、薬物療法のように、高精度医療(プレシジョンメディシン)が実現できるといっても過言ではないという。

「PETによる診断で、ホウ素薬剤の集積が事前に予測できれば、効果が期待できる患者さんを選んでBNCTが実施できるので、医療経済的にもメリットがあるでしょう。合理的な医療費の使い方ができるのではないでしょうか」

BNCTは、当面、さまざまながん種の進行・再発がんをターゲットとして治療が行われていくだろうが、将来的には初発のがんから治療を可能にすることが最終目標と言える。

「いずれにせよ、頭頸部がんにおいて、保険適用となる治療ができることが見えてきましたので、これは大きな一歩です。保険による治療が可能になれば、治療だけでなく、研究も増えて、BNCTに関するさまざまな成果が出てくるでしょう。今後のこの治療における発展の大きな契機になると思います」

BNCTは今後、大いに期待できるがん治療法であることは間違いない。

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