とくに小児や高齢者に適した粒子線治療 保険適用の拡大が期待される陽子線治療と重粒子線治療
かつては日本が研究をリードしていた
日本で粒子線治療の研究が始まったのは、今から40年以上前の1979年のことだ。研究を開始させたのは、量子科学技術研究開発機構の前身である放射線医学総合研究所。まず行われていたのは陽子線治療の研究だった。それに続いて、筑波大学がやはり陽子線治療の研究をスタートさせた。1983年のことだという。放射線医学総合研究所は、1994年からは重粒子線治療の研究に転換し、現在に至っている。
世界ではどうだったのだろうか。
「重粒子線治療の研究を最初に始めたのはアメリカでした。ところが、国家プロジェクトとして始めたものの、お金はかかるし、効果が得られるのかどうかもわからないということで、途中でやめてしまったのです。
その後、研究を始めたのが日本の放射線医学総合研究所です。ちょうど第2次がん対策10カ年計画ができたときで、重粒子線治療はその目玉として注目されました。国の資金もかなり投入され、重粒子線治療のための加速器が建設されました。現在のQST病院(元・放射線医学総合研究所病院)は、加速器を持つ世界で最初の病院だったのです」(石川さん)
その後、粒子線治療を行う施設が少しずつ増えていった。1999年に国立がん研究センター東病院が陽子線治療を始め、2001年には兵庫県立粒子線医療センターが陽子線治療と重粒子線治療を、2003年には静岡県立静岡がんセンターが陽子線治療を開始した。
「2000年代前半に5施設まで増えたことで、研究会を開いたりしながら、どのような治療法がいいのか模索を続けていました。そうした中、従来の放射線治療では治らなかったようながんがけっこう治ることがわかり、2003年から先進医療に加えられることになったのです」(石川さん)
こうして陽子線治療と重粒子線治療は長く先進医療として行われてきたが、2016年に一部の疾患に対して保険診療が認められることになった。陽子線治療は小児がん、重粒子線治療は骨肉腫などの骨軟部腫瘍に限って保険診療で受けられるようになった。
そして、2018年に保険で受けられるがんが増えた。陽子線治療は小児がんに加え、頭頸部がん、骨軟部腫瘍、前立腺がんが加えられた。重粒子線治療も、頭頸部がん、前立腺がんが加えられた。
「いくつかのがんで保険診療が認められたのは大きな前進でした。しかし、逆に言うと、まだ多くのがんは保険適応となっていません。現在も研究段階ということで、先進医療で行われています」(石川さん)
日本には粒子線治療を行っている施設が23施設ある。現在も建造中のところがあり、すぐに25施設になるという���
「いずれ30施設くらいまで増えて、落ち着くのではないかと思います。世界の粒子線治療は、長らく日本がリードしてきたのですが、現在アメリカでは37施設が稼働していて、20施設くらいが新たに建造中です。あっと言う間に抜かれてしまいました。世界中では、最近の10年間で70施設くらい増えています。こんなに世界で増えているのは、日本が積み重ねてきた研究データが評価されたためなのです」(石川さん)
世界では粒子線治療の効果を評価しているのに、日本で保険診療としてなかなか認められなかったのはどうしてなのだろうか。
「日本では施設によって治療方法が少しずつ違っていたのです。そのため施設毎にデータを出していたのですが、それですと数百例の症例数にしかなりません。それではだめで、日本中のすべての施設で同じプロトコールによる臨床試験を行い、データを出しなさい、ということになったわけです」(石川さん)
それをクリアすることで、いくつかのがんについては保険適用となったわけだ(表3)。

小児と高齢者のがん治療に適している
粒子線治療は、がん医療の中で、どのような治療として位置づけられていくのだろうか。
「現在まだ保険診療が求められていないがんでも、共通の治療法による臨床試験が行われています。そうした臨床試験のデータがまとまることで、今有望なのは肺がんと肝がんですが、保険が適応されるがんが増えていくことが期待されています」(石川さん)
がんの治療法には、手術もあるし、薬物療法もある。放射線療法の中にも、いろいろな治療法があり、それぞれ進歩している。そのような中で、どのような場合に粒子線治療を選ぶことになるのだろうか。
「基本的には、手術で切除するのが難しい症例や、手術ですと後遺症などが心配される症例ですね。あるいは、他の放射線療法では治すのが難しい症例や、副作用が心配な症例に対して、粒子線治療を行いましょう、ということになるのだと思います。そういう意味で、高齢者のがんの治療や、子どものがんの治療には、粒子線治療は向いていると思います」(石川さん)
高齢者人口の増加に伴い、がんの患者さんも高齢化が進行している。高齢者の場合、手術すれば治せる段階でがんが見つかっても、手術は難しいというケースが少なくない。そのような場合、放射線療法が選択されることになる。
「高齢者には、線量集中性が高いために副作用が軽く、〝体にやさしい放射線療法〟と言われている粒子線治療が適しています。高齢の患者さんは、副作用によって日常生活ができなくなってしまう危険性があるので、できるだけ副作用の軽い治療法を選んだほうがいいのです。もう1つ、通常の放射線療法に比べ、治療回数が少ないのも、高齢者向きといえます。高齢者は通院するのが大変ですから」(石川さん)
例えば、前立腺がんを治療する場合、陽子線治療の回数は21回で、通常の放射線療法に比べると約半数。重粒子線だと12回で、4回での治療も行われるようになっている。
「子どものがんの治療にも適しています。放射線治療の影響は、何年も経過してから現れてくることもあるので、長い目で見てどうか、ということも考える必要があります。例えば、脳に放射線を照射したところ、他の人より早い段階で記憶力の低下が現れてくる、というようなことが起こり得ます。あるいは、放射線の影響でがんができるということもあります。こうした影響は、放射線の当たった量と範囲が関係するので、できるだけ線量集中性の高い粒子線治療が向いているのです」(石川さん)
粒子線治療は現在も進歩し続けている。例えば、スキャニングという技術が開発され、従来の粒子線治療よりもさらに線量集中性を高めることで、より副作用の軽い治療も行われるようになっているという。
「粒子線治療は、決して新しい治療法ではありません。治療を開始して20年以上、研究を積み重ねることで徐々に治療成績は向上してきました。さらに機械の進歩などもあり、治療法も洗練されてきて、かつてよりも良好な治療成績が出ています。しかし、現在の治療成績は少し前にやっていた治療の結果です。現在行っている治療の結果がまとまるのは少し先のことなので、今後はもっとよい治療成績が出てくることになると思います」
優れた治療成績が出て、保険診療の範囲が広がることを期待したい。
同じカテゴリーの最新記事
- 化学・重粒子線治療でコンバージョン手術の可能性高まる 大きく変わった膵がん治療
- 低侵襲で繰り返し治療ができ、予後を延長 切除不能膵がんに対するHIFU(強力集束超音波)療法
- 〝切らない乳がん治療〟がついに現実! 早期乳がんのラジオ波焼灼療法が来春、保険適用へ
- 肝がんだけでなく肺・腎臓・骨のがんも保険治療できる 体への負担が少なく抗腫瘍効果が高いラジオ波焼灼術
- 大規模追跡調査で10年生存率90%の好成績 前立腺がんの小線源療法の現在
- 心臓を避ける照射DIBH、体表を光でスキャンし正確に照射SGRT 乳がんの放射線治療の最新技術!
- 2年後には食道がん、肺がんの保険適用を目指して 粒子線治療5つのがんが保険で治療可能!
- 高齢の肝細胞がん患者さんに朗報! 陽子線治療の有効性が示された
- 腺がんで威力を発揮、局所進行がんの根治をめざす 子宮頸がんの重粒子線治療
- とくに小児や高齢者に適した粒子線治療 保険適用の拡大が期待される陽子線治療と重粒子線治療