高齢の肝細胞がん患者さんに朗報! 陽子線治療の有効性が示された

監修●奥村敏之 筑波大学附属病院 放射線腫瘍科 病院教授
監修●飯泉天志 筑波大学附属病院 放射線腫瘍科 病院助教
取材・文●菊池亜希子
発行:2021年12月
更新:2021年12月


陽子線治療は肝細胞がんに向いている?

同院が陽子線治療に着手したのは、全国で最も早い1983年。それから38年、2021年10月末までの間に、6,565人の患者さんに陽子線治療を行ってきた。その中で、最も症例数が多いのが肝細胞がんで1,853例。次に前立腺がん1,197例、肺がん624例と続く(図3)。

出典:筑波大学附属病院陽子線治療センターHPより

陽子線治療は、とくに肝細胞がんに適しているのだろうか?

肝細胞がんに対する陽子線治療に早くから着目されてきた同院放射線腫瘍科病院教授の奥村敏之さんに話を聞いた。

「率直に言って、陽子線治療は肝細胞がんに向いていると思います。肝細胞がんの方は、それ以前に肝硬変を持っていることが多く、そもそも肝機能に問題を抱えています。ですから、単に肝細胞がんを治療するだけでなく、いかにがん治療の後に肝機能を悪化させないかが非常に重要になってくるのです」と話し、さらに続けた。

「陽子線は、がん病巣のところで止まります。ここがポイント。つまり、肝臓に余計な被ばくをさせないわけですが、そのことが、肝硬変によって肝機能が弱まっている肝臓にとっては、他のがんより格段に大きな意味を持ってくると言えるでしょう。肝臓の機能をできる限り損なわずに保存しなければならない状況を考えたとき、陽子線治療は非常に有効な治療法と考えられます」

とくに、がん病巣が大きくなるほど、陽子線治療は力を発揮するという。

「もちろん大きさに制限はありますが、陽子線治療はかなり大きいサイズでも対応することができます。陽子線治療の装置によってその制限は変わってきますが、当院では、腫瘍径13㎝までは1回の照射でカバーできます」と奥村さん。

直径13㎝のがんとなるとかなり大きいものだ。ただ、肝細胞がんは比較的大きくなりやすく、それでもカバーしきれないケースもあるそうだ。

「直径が13㎝以上だから適応外、ということはありません。その場合は、パッチ照射と表現しますが、13㎝の照射野を繋げて、大きな病巣もカバーできるところまで技術は進歩しています。もちろん、どんな状況でも適応するわけではありませんが、今のところ、陽子線治療には制限の基準がないことが強みでもあります」

こうして見てくると、よいところばかりに思える陽子線治療だが、「それは違う」と奥村さんと飯泉さんは口を揃えた。

「確かに陽子線治療は、将来性のあるよい治療法だと思います。ただ、まだ十分なエビデンスが揃っていないことは、やはり弱みです。現状での標準治療は、高齢患者さんであっても、あくまでも手術やラジオ波などです」と語り、さらに続けた。

「これは前もって知っておいてほしいのですが、陽子線治療は現状、根治が期待できる患者さんに対する先進医療として認可されています。つまり、全身状態が悪かったり、全身に転移があったりする場合には、残念ながら陽子線治療は提供できない場合があります」

陽子線治療にかかる期間と治療時間

ところで、実際に陽子線治療を受けるとなると、どのようなスケジュールで行うのだろうか。

「陽子線治療のスケジュールは、2週間、1カ月、2カ月の3パターンあって、病巣の位置など個々の患者さんの状況を踏まえて、安全にできる方法を選択します」

例えば、消化管のすぐそばや、肝臓の肝門部近くに病巣があるなど、難しい位置に照射する場合は、1回の照射量を減らして期間を長くする2カ月を選ぶといった具合だそうだ。

治療期間中は、基本的に週5日、治療を受ける。1日の治療時間は10分から20分ほど。

「照射している時間そのものは5分程度ですが、陽子線治療は呼吸を合わせることが大切なので、そこに少し時間がかかります」と飯泉さん。

肝臓は横隔膜のすぐ上に位置するので、呼吸によって横隔膜が動いていると、肝臓も横隔膜につられて一緒に動いてしまうのだ。動いている的(まと)にビームを当てるのは非常に難しい。だから、横隔膜の動きを制御するために、呼吸をコントロールする必要があるのだという。

なんだか難しそうな気がするが、「決して難しくないので心配しなくて大丈夫です。慣れればすぐにできるようになります」と飯泉さん。

ちなみに、陽子線治療は、基本は通院治療。ただし、門脈や大静脈など太い血管のそばにがん病巣があって、難易度が上がる場合は入院を薦められる場合もあるとのこと。あくまでも、個々のケースで入院か通院かは変わってくるようだ(写真4)。

提供:筑波大学附属病院

保険適用の可能性

治療を受けるとなると気になるのは、費用面だろう。

現在、肝細胞がんに対する陽子線治療は、保険適用されておらず、根治治療を目的とした先進医療として認可されている状況だ。ちなみに、陽子線治療にかかる費用はトータルで300万円ほど。実情は、がん保険の先進医療特約に入っている患者さんが選択するケースが多いそうだ。

現在、陽子線治療が保険適用になっているがん種は、小児がん(2016年)、前立腺がん、頭頸部がん、骨軟部肉腫(2018年)の4つ。もちろん、肝細胞がんへの保険適用に向けての働きかけは続いており、臨床データも積み上げられてきているそうだ。

次回、診療報酬改定が行われるのは来年(2022年)4月予定。一刻も早い肝細胞がんへの陽子線治療の保険適用を期待したい。

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