効果は大きく副作用は小さい 身体にやさしい重粒子線治療
手術で切除できない腫瘍にも適応

[重粒子線治療の簡略図]
[主加速器(シンクロトロン])
骨軟部腫瘍に対する重粒子線治療が高度先進医療として認められたのは、手術で切除できない腫瘍を重粒子線で消失させることができるからだ。
骨軟部腫瘍は骨から発生する骨腫瘍と、筋肉や脂肪などからできる軟部腫瘍の2つに大きく分けられる。前者は骨肉腫や軟骨肉腫、脊索腫、後者は悪性線維性組織球腫や脂肪肉腫、横紋肉腫などが代表的なもので、いずれも手術でがん病巣を切除したうえで、抗がん剤による全身化学療法で治癒させるのが一般的だ。
「しかし、足の膝や腕など手足に発生した骨軟部腫瘍は手術で切除できますが、頭蓋骨の底の頭蓋底や脊髄に近接したところにできたものを手術で切除することはできません。あるいは、腰の骨(仙骨)にできた脊索腫などは手術で切除することもできますが、人工肛門になるうえ、坐骨神経などの神経を切断することから下半身不随となり、一生、車椅子の生活を余儀なくされます」(辻井さん)
また、骨軟部腫瘍は従来の放射線治療が効きにくい肉腫という種類の悪性腫瘍だ。そのうえ、塊として存在するがんを、消失させることができる強力な抗がん剤治療もない。手術で切除できない骨軟部腫瘍や、手術で切除すると重大な障害をもたらすケースの治療法は乏しかったが、それを打開したのが重粒子線治療にほかならない。
斉藤雅彦さん(22歳)が首の骨(頸椎)の骨肉腫と診断されたのは2000年だった。頸椎の2カ所に直径2センチ前後の骨肉腫ができ、骨の変性を招いていたものの、幸いなことに肺などへの転移は認められなかった。
頸椎の骨肉腫は手術で切除できないので重粒子線治療を受けたところ、数カ月で骨肉腫は消失し、正常な骨組織��回復した。現在、重粒子線治療を受けてから3年近く経つが、再発を招くこともなく、以前と変わらない生活を送っている。
手術に匹敵する治療効果を上げている
肺がんに対する重粒子線治療が高度先進医療として認められたのは、早期肺がんなのに手術を受けられない患者が少なくないからだ。
国立療養所肺癌研究会のデータをもとに推定すると、1年間で肺がんと診断される患者は約6万人。そのうち手術で治癒する可能性の高い病期1期の非小細胞肺がんの患者は約1万7000人にのぼるものの、毎年、約1900人の患者が手術を受けられない。
受けられないのは高齢のため手術の肉体的負担に耐えられないことや、糖尿病や狭心症、心筋梗塞、肝機能障害等の合併症を有するためだ。
「現在、肺の中にがんがとどまり、リンパ節転移のない1期の非小細胞肺がんは、手術による切除で1A期のがん(腫瘍の大きさが3センチ以下のもの)が72パーセント、1B期のがん(腫瘍の大きさが3センチを超えるもの)が50パーセントの5年生存率をあげられます。
しかし、手術を受けられない患者のほとんどは放射線で治療しますが、その5年生存率は22パーセントにとどまります。ところが、重粒子線治療を受けた場合、1A期、1B期ともに手術と匹敵する5年生存率をあげることができ、平均すると59パーセントになります」(辻井さん)
前立腺がんに対する重粒子線治療の効果
前立腺がんに対する重粒子線治療が高度先進医療として認められたのは、副作用や障害がほとんどなく、手術より優れた治療成績をあげられるからだ。
今回、重粒子線治療の対象となったのは*病期A~C期までの前立腺がんで、重粒子線治療ではそれを低リスクと高リスクの2つのグループに分ける。前者は腫瘍マーカーの*PSA値が20未満で、がんが前立腺の一方にとどまる病期B1までのがん。後者は前者より進行し、PSAが20以上で、がんが前立腺皮膜を越えて広がっているか、精嚢に浸潤している病期Cまでのがんだ。低リスクグループの前立腺がんは重粒子線単独の治療を行い、高リスクグループには重粒子線治療とホルモン療法(最低12カ月)を組み合わせて行う。
現在、病期A~C期までの前立腺がんは、まず手術による切除が確実性が一番高いということから第一選択の治療法となっている。実際、患者の8~9割が手術で、残りが放射線治療を受けている。
「驚くのは前者の低リスクグループの5年生存率が、手術は90パーセント、放射線治療は93パーセントなのに対して、重粒子線治療は100パーセントであることです。高リスクグループの5年生存率は、手術が72パーセント、放射線が65パーセントなのに対して、重粒子線治療は79パーセントに達するのです」(辻井さん)
一方、手術を受けた前立腺がん患者の悩みは、インポテンスや尿失禁等の術後障害だ。ほとんど全員がなんらかの術後障害を招き、リハビリによって回復しない患者も少なくない。
「これに対して、放射線治療は手術の術後障害を回避でき、インポテンスや排尿障害を減らせたものの、新たに直腸からの出血(放射線による直腸障害)などを招きやすいのが欠点です。実際、放射線治療を受けた患者の8.5パーセントが排尿障害、14.8パーセントが直腸障害を招きます。しかし、重粒子線治療後の障害は驚くほど少なく、排尿障害は3.8パーセント、直腸障害は1.1パーセントにとどまっています」(辻井さん)
最近は放射線治療の分野では、照射方向ごとに放射線の強さを変える強度変調と3次元原体照射を組み合わせた強度変調放射線治療や、放射線源の細かな粒子を前立腺の中に埋めこむ*密封小線源永久留置療法、高エネルギーの超音波を前立腺がんに照射して死滅させる高密度焦点式超音波療法(HIFU)なども前立腺がんの治療分野に登場してきた。いずれも従来の手術や放射線治療の副作用や障害の克服を目的として始められた新たな治療法だが、その中で手術の治療成績より優れ、治療後の障害や副作用がもっとも少ないのが重粒子線治療なのである。
*病期=前立線がんの病期はABCD分類で表記した
*PSA値=前立腺腫瘍マーカーの1つ。この値が高いと前立腺がん、前立腺肥大症、急性前立腺炎などが疑われる
*密封小線源永久留置療法=非常に弱い放射線を出す小さな線源を前立腺内に挿入して永久留置することにより前立腺内のがん病巣へ放射線を照射する治療法
QOLを保ちながら生存率を延長する

骨や筋肉のがん、その他の固形がんにも治療を実施している
直腸がんの術後局所再発に重粒子線治療が高度先進医療として認められたのは、再再発がしっかりと抑えられ、患者の生活の質(QOL)が維持され、生存期間の延長をはかれるからだ。
直腸がんの再発の特徴は、原発巣近くの局所再発にとどまり、遠隔転移が比較的少ないことだ。しばしば局所から骨盤へ広く浸潤しているため、手術による切除が不能と判断されることも多い。
「手術で切除可能と判断されたときは、膀胱等の骨盤内臓器をすべて切除する骨盤内臓全摘術となることが少なくない。しかし、骨盤内臓全摘術は10時間以上の大手術で、患者の肉体的負担が大きいうえに、排尿・排便機能が失われ、人工膀胱や人工肛門を付けなければなりません。あまりにも払わねばならない代償とリスクが大きいといえます」(辻井さん)
一方、術後の局所再発に対する放射線治療の予後は、かならずしもよいとはいえない。患者の半数が生きられる生存期間中央値は12カ月で、3年生存率は10パーセント前後だ。最近は抗がん剤治療を加えた放射線化学療法も行われているが、満足のできる治療成績はあげられていない。いまのところがんの痛みを抑えるのが精一杯なのである。
「しかし、直腸がんの局所再発に重粒子線治療を行ったところ、重粒子線の照射範囲からの再再発をしっかりと抑えられることが判明したのです。再発巣への照射が70.4GyE(*グレイ相当)のときは、1年間で15パーセントしか再再発していません。73.6GyEのときは半年間で再再発は0だったのです」(辻井さん)
その結果、前者の1年生存率は87.1パーセント、2年生存率は78.4パーセントに達し、従来の放射線治療の2年生存率20パーセントをはるかにしのぎ、手術の2年生存率70パーセントと勝るとも劣らない治療成績となった。
しかも重粒子線治療は手術と比べてリスクが少ないことに加え、排尿・排便機能が大きく損なわれず、QOLも維持されることから、患者にとって大きな福音といえるだろう。
*GyE=粒子線の照射量をX線に換算して表した単位
今後の重粒子線治療に託される希望
これらのほかに、眼球の脈絡膜にできたメラノーマ(脈絡膜メラノーマ)への重粒子線治療が、高度先進医療の対象として承認された。
「高度先進医療として承認された昨年11月以降、全国のがん患者さんから重粒子線治療に関する問い合わせが殺到しています。
すでに高度先進医療で重粒子線治療を受けたがん患者さんは60名以上にのぼっています。もっとも多いのは肺がんの患者さんで、次が前立腺がんの患者さんです」(辻井さん)
高度先進医療として重粒子線治療が承認されたのは、それが保険適用となり、必要とする患者すべてが受けられるようにするための一里塚だ。
現在、重粒子線医科学センター病院では、これまでの膨大な臨床試験の成果のうえに立ち、他のがんの重粒子線治療に対しても高度先進医療の承認が受けられるように努力を積み重ねている。より早く一般診療として重粒子線治療が受けられるようになることを望まずにはいられない。
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