遺伝子変異を調べて個別化の最先端を行く肺がん治療 非小細胞肺がんのMET遺伝子変異に新薬登場

監修●久保田 馨 日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野教授/同付属病院がん診療センター部長
取材・文●伊波達也
発行:2020年12月
更新:2020年12月


肺がん治療は個別化医療の最先端

今回、METチロシンキナーゼ阻害薬が新たに発売されたように、非小細胞肺がん治療の変遷は、各々の遺伝子変異に対する薬が登場することにより著しく進歩してきた。

非小細胞肺がんではまさに、近年言われる〝プレシジョン・メディシン(個々の患者に対する最適な医療)〟を実践し続けてきたのだ。

非小細胞肺がんで、最初に遺伝子変異をターゲットにした個別化治療を実現したのは、2002年に登場した分子標的薬イレッサ(一般名ゲフィチニブ)が、2004年にEGFR遺伝子変異に有効だということがわかってからだ。

EGFR遺伝子変異は、非小細胞がんの中でもっとも多い腺がんの約5割に存在するため対象患者は一番多い。

現在、EGFR遺伝子変異に有効な薬は、イレッサ、タルセバ(一般名エルロチニブ)、ジオトリフ(同アファチニブ)、ビジンプロ(同ダコミチニブ)、タグリッソ(同オシメルチニブ)の5種類までになっている。

そして、悪性度が高く予後不良といわれるALK融合遺伝子変異に対しても、ザーコリ(一般名クリゾチニブ)、アレセンサ(同アレクチニブ)、ジカディア(同セリチニブ)、ローブレナ(同ロルラチニブ)という4種類の薬が使え、それらの有効性が示されている。

ROS1遺伝子変異にはザーコリが、今年2月にロズリートレク(一般名エヌトレクチニブ)が使えるようになった。BRAF遺伝子変異には、タフィンラー(同ダブラフェニブ)とメキニスト(同トラメチニブ)併用の有効性が認められ使われている。

このように、遺伝子変異をターゲットにすることは治療の有効性を高めると同時に、患者が効果のない治療で副作用だけに苦しむといった無駄な治療を避けることもできるようになった(図3)。

「これまで、進行・再発非小細胞肺がんの場合には、まずEGFRをはじめ、ALK融合遺伝子、ROS1、BRAFの4つの遺伝子変異を調べてきました。新たにMET遺伝子変異の薬剤が登場し、その対応も必要になります」

免疫チェックポイント阻害薬でも最先端を走る

そして、近年、さらに大きなトピックとなったのが、免疫チェックポイント阻害薬の登場だ。

「先の4つの遺伝子変異が見つからなくても、PD-L1検査により、抗PD-L1抗体薬である、キイトルーダ(一般名ペンブロリズマブ)をはじめとする免疫チェックポイント阻害薬を投与することができるようになり、かなりの予後が見込めるようになってきました」

現在、PD-L1検査で、50%以上の強陽性と出た場合には、抗PD-1抗体薬単剤か、抗PD-1/PD-L1抗体薬と抗がん薬の併用、あるいは抗PD-L1抗体薬と血管新生阻害薬と抗がん薬の併用の治療を行う。

また、50%未満の場合には、抗PD-1/PD-L1抗体薬と抗がん薬の併用か、抗PD-L1抗体薬と血管新生阻害薬と抗がん薬の併用を行っている。

さらに最近では、抗PD-1抗体薬であるオプジーボ(一般名ニボルマブ)と抗CTLA-4抗体薬のヤーボイ(同イピリムマブ)との併用も承認された(図4)。

このように、治療を開始する前に、MET遺伝子を加えた5つの遺伝子変異とPD-L1検査を行うコンパニオン診断システムが保険適用となっており、この診断によって、円滑かつ的確な治療を受けることが可能となってきた。

免疫チェックポイント阻害薬は、既存の薬との併用で、治療の選択肢がさらに広がる可能性はあると久保田さんは強調する。

「ただし、EGFR第3世代の薬であるタグリッソとの併用においては、多数の毒性が出たという報告があり、薬の組み合わせは、慎重に考えながら行っていかなければいけません」

いずれにせよ、免疫チェックポイント阻害薬は単剤でも5年生存率が15%と予後に大きく貢献しているため、今後の長期成績に期待が寄せられる。

根治(こんち)までたどり着けるかどうかについてはまだわからないが、今後も長期生存に貢献する期待度は高いと言えるだろう。

また、免疫チェックポイント阻害薬は、直接がんに働きかけるのではなく、免疫細胞の働きを利用した治療であるため、患者自身の免疫活性という点も重要だ。

「例えば、患者さん自身の腸内環境を整えるとか、免疫機能を活性化するための介入も、今後は重要になってくると思います。そういった腸内の研究も大切でしょうし、増えてくるでしょう」

RET、K-RASほか、さまざまな遺伝子変異はすでに解明されており、今後は、それらに対する薬も早晩、承認される可能性は高いだろう。K-RASは約10%の対象患者がいるとされており、とくに期待されている。

そして、がん遺伝子パネル検査などの普及がさらに進み、それに対応して、薬が開発されていくと、患者の治療はさらに細分化され、プレシジョン・メディシンはますます進歩していくだろう。非小細胞肺がんの薬物療法はその先端を走っていると言える。

喫煙率の低下で鈍ってきた肺がん患者の増加

一方、肺がん全体の患者数は、まだ増え続けているが、「それは喫煙率の高かった団塊世代が肺がん年齢になっているからです」と久保田さん。

しかし、その増え方は鈍ってきたという。ただし、小児期の受動喫煙により、将来肺がんになる可能性のある人がいることも問題視されている。とくに、まだ喫煙率の高かった団塊の世代のジュニア世代は、受動喫煙していた可能性が高く今後も注意が必要だ。

「米国では若い人の肺がんがかなり減っています。日本でも喫煙率が下がってきていますので20~30年後には肺がんは減っていくでしょう。禁煙の大切さを引き続き啓蒙して、肺がんの予防に努めていくことも大切だと思います」

肺がんは、現在も死亡率1位であることに変わりはない。しかし、治療の進歩が目覚ましいのも肺がんである。

「少しでも長生きしていれば、新しい薬が出て、新たな治療効果を期待できるということも、肺がんの患者さんにとっては大きな希望になっていると思います。今後も、さらによりよい治療法が開発され、それを早く患者さんの治療に反映できることを、肺がん治療の臨床現場では願っています」

久保田さんはそう力強く結んだ。

1 2

同じカテゴリーの最新記事