闘病記

私の生きる道

今日がいちばん楽しい日。けれど、いちばんつらい日でもあるんです 再発の不安を抱え、「がん友」に支えられながら、合唱団を結成したタレント・山田邦子さん

2009年1月

やまだ くにこ昭和56年5月、TBSドラマ『野々村病院物語』でデビューし、ほぼ同時にバラエティ界にて一世を風靡。以後、司会・ドラマ・講演・執筆等の分野にマルチぶりを発揮し、平成元年からNHK“好きなタレント”調査で8年連続第1位を記録。平成12年に芸能生活20周年。平成20(2008)年は舞台「アニー」で大活躍した。 2007年、「邦ちゃん」の愛称で親しまれている山田邦子さんは、乳房にがんが見つ...

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がんは、私を成長させてくれる賢者なんだと思っています 小児時代に卵巣がんで入院生活を送り、「音楽」という表現方法に出逢った天使の歌声、シンガーソングライターのより子さん

2008年12月

よりこ現在24歳のより子は、2歳から6歳までの間、小児がんを患い、多くの時間を病院で過ごした。入院生活の中で音楽の才能に目覚め、16歳でシンガーソングライターとしてデビューを果たす。「ほんとはね。」という楽曲がドラマのテーマソングとして起用されて話題を呼び、8万枚のセールスを記録する。2007年にはテレビ東京系音楽ドキュメンタリー番組「音遊人(みゅーじん)」により子の生き様が取り上げられ、反響を呼...

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不良患者だから、がんに負けないんだよ! 脳卒中を克服し、さらに膀胱がんにも負けなかったジャズの巨匠・藤家虹ニさん

2008年11月

ふじか こうじ1933年、広島県福山市出身。東京芸大卒業。ジャズ、クラシックの両分野で活動し、映画「未来少年コナン」やテレビドラマの音楽担当でも活躍。50周年コンサートは12月6日、東京・有楽町朝日ホール 「病気というのは負けようと思えば負けるが、どうにもなるもんでもない。あとは野となれ山となれ、だよ」と語るジャズ、クラシック界の名手、藤家虹二さん。 自分をエロじじいと言ってのけるクラリネットの...

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がんは「優しい病気」です 膵臓がんと共存しながら多彩な創作活動を続けるベストセラー作家・栗本薫(中島梓)さん

2008年10月

くりもと かおる東京都生まれ。早稲田大学文学部卒。1977年、中島梓として『文学の輪郭』で群像新人賞受賞、文芸評論家としてデビュー。翌年、「栗本薫」クン登場の『ぼくらの時代』で第24回江戸川乱歩賞、1981年『絃の聖域』で第2回吉川英治文学新人賞受賞。以降、ミステリー、SF、時代、伝奇小説、ミュージカル脚本、演出など幅広く活躍。著書に100巻突破という前人未到の記録を達成した『グイン・サーガ』シリ...

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「病人であり健常人」そんな人生を大切にしたい 悪性リンパ腫の闘病から丸4年。作詞家・杉 紀彦さんが見出した大河の一筋

2008年9月

すぎ のりひこ1939年9月17日、東京都生まれ。放送作家・作詞家・演出家・詩人・ラジオパーソナリティー。少年時代を能登で過ごす。千葉大学文理学部卒。NHKをはじめ民放各局、商業劇場などで多くの番組、ステージの構成・演出に関わり、現在に至る。作詞は400曲以上、代表作に『あまい囁き』(パローレ パローレ=中村晃子・細川俊之)、石原裕次郎『おれの小樽』『昭和たずねびと』、森昌子、松原のぶえ『なみだの...

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がんという試練に鍛えられたから、パリ・ダカにも挑戦できたのです! 子宮がん、さらには乳がんで両方の乳房まで失いながら、58歳で国際ラリー・ドライバーになった能城律子さん

2008年8月

のしろ りつこ1935年東京生まれ。12歳のときに長野県(白馬)に疎開。17歳で東京に戻る。21歳のときスキー1級取得。23歳で貿易会社を設立。女性と子どもをテーマに35歳のときに世界1周65カ国を1人旅。1976年、38歳のときに世界ではじめて国際ホテル内にサービス業としてベビールームを開設。51歳で国際A級ライセンス取得 能城律子さんは世界最高齢の国際ラリー・ドライバーとして知られる。女性で...

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さくらの花よ泣きなさい。ぼくも一緒に泣いてあげるから リンパ節転移のある下咽頭がんを乗り越えた作曲家・三木たかしさんの闘病700日

2008年7月

みき たかし昭和33年船村徹氏に師事。昭和34年ジャズベーシストである作曲家小野満氏に師事、歌、作・編曲を学ぶ。昭和35年「恋のとりこ」作詞、作・編曲、歌をソノシートで発表。昭和36年アレンジャーとして活動を開始。昭和42年「恋はハートで」(歌:泉アキ)で作曲家として活動を開始。代表作:「津軽海峡冬景色」「風の盆恋唄」「つぐない」「愛人」「時の流れに身をまかせ」「思秋期」「夜桜お七」「アンパンマン...

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肺がんが教えてくれた生きるヒント 放射線治療専門医が34歳でがんに。アフラックのCMで有名になった加藤大基さん

2008年6月

かとう だいき1971年生まれ、99年東大医学部卒業。その後、東大病院、国立国際医療センター、癌研究会付属病院などで放射線治療医として勤務 放射線科の医師である加藤大基さんは34歳のとき肺にがんが見つかった。しかもそのがんを最初に発見したのは胸部レントゲン写真を見た彼自身だった。様々な検査を受けていくうちに悪性が疑われていた。が、幸いにして転移性である可能性は低くかった。そこで加藤さんは東大病院...

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自分がキレイになると、まわりの反応が違うんです 自らの抗がん剤体験をベースに、女ざかりの乳がん患者がキレイでいるためのバイブルを作った美容ジャーナリスト・山崎多賀子さん

2008年5月

やまざき たかこ1960年大阪生まれ。会社員、女性誌の編集者を経てフリーライター、美容ジャーナリストに。スキンケアやメイクアップにとどまらず、メンタル・健康医療分野まで美容に関わる幅広い分野で長年にわたり取材を続ける。女性誌を中心に美容記事や美容ルポルタージュ、エッセイなどを手がけている。 美容ジャーナリストの山崎多賀子さんが著した『キレイに治す乳がん宣言!』という本は画期的な一冊だ。一言でいえ...

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度重なる試練を乗り越え、現在も女医として多忙な日々を送る小倉恒子さん 戦場に立って20年。ピンチを切り抜け生の輝きを放ち続ける

2008年4月

小倉 恒子 おぐら つねこ 1953年千葉県松戸市生まれ。 1977年、東京女子医科大学卒業、耳鼻咽喉科専門医。 34歳で乳がんを発症し、左乳房胸筋を含め切除。 47歳で再発(胸骨転移、縦隔リンパ節転移) 52歳で再々発(骨転移、腹腔内リンパ節多発転移、肺転移)、 54歳で肝転移、両胸水貯留。 現在、エンドレス(生きている限り続ける)の抗がん剤治療中。 毎日耳鼻科診療中 副作用で涙が止まらない...

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