直腸がんになった経験を活かし、がんをネタに笑いをとるようになった「ゆーとぴあ」ピースさん 『がんをネタに笑わせるのは、がんを経験したボクたちの使命です』

取材・文●吉田健城
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2017年12月
更新:2019年7月


ホープさんとがんの話で盛り上がる

退院して3、4カ月が経過した15年の春、ピースさんは、時々でいいから「ゆーとぴあ」を復活させられないものかと思い、久しぶりにかつてコンビを組んだホープさんに電話をかけた。言葉を交わすのは7年ぶりだったが、ピースさんが「お久しぶりです」と声をかけるとホープさんは「オー、しばらく!」と上機嫌で応じ、お茶でも飲もうということになった。

「ホープさんは、別な人とコンビを組んでやっていたので、正式に『ゆーとぴあ』を復活させることは無理です。でも、俺たちは『ゆーとぴあ』で世の中に出たんだから、インスタントなコンビと違ってお互いの呼吸がわかっているじゃないですか。うまくやる自信はありました」

ピースさんは新宿の喫茶店でホープさんと落ち合うと、挨拶代わりに、最近直腸がんが見つかって、手術を受けたことを伝えた。

それが呼び水になって、2人はがんの話題で盛り上がった。

ピースさんの直腸がんは、早期発見だったので、内視鏡で切除するだけで済んだが、ホープさんは大腸がん、胃がん、肺がんに加え、小腸がんという希少がんまで経験し、危機的状況に追い込まれたこともある。そのため話し出したら止まらなくなった。

「話すだけでなく、喫茶店の中なのにシャツをたくし上げて手術できた傷口を、1つ1つ指さしながら『これとこれは肺がんのときの傷』『これは小腸のとき』って大きな声で説明するんですよ。ボクは『凄いですねえ』と言いつつ呆れていました」

これを機に2人の距離は一気に縮まり、草野仁さんが進行役を務めるテレビ朝日の『主治医が見つかる診療所』に、一緒に出ることになった。

「ホープさんが『主治医の見つかる診療所』に出演して、自分のがん体験を話すことになっていたんですが、マネージャーが『ピースさんもがんなんだから、一緒に出ればいい』と言い出して、局に掛け合ってくれたんです。そしたら、すぐにOKが出たんで、どうせ出るんなら城後光義と帆足新一でバラバラに出るんじゃなく、コンビを1日だけ復活させて『ゆーとぴあ』として出演しようということになったんです」

これを皮切りに2人は、ときどきコンビを復活させてライブハウスなどの舞台に立つようになった。

以前と比べて変わった点は、がんネタが加わったことだ。

観客のお目当てはゴムパッチンなので「人生は厳しいんだ。パチンの音がいいほど高い希望校に受かるんだ」という名セリフのあと、ピースさんの顔面にゴム紐が炸裂するのは以前と変わりがないが、それだけで終わらず「パチンの音がいいほど、がんも治るんだ」というギャグも付け加えるようになった。がんネタには「僕はがんを4つやったけど、君は1つだけだ」と言ってホープさんがピースさんにパッチンを喰わせるバージョンもあった。

がんのネタで笑わせることが自分たちの使命

最近のホープさんとピースさん

がんをネタに笑いを取るようになったわけをピースさんは次のように語る。

「ホープさんと一緒に『主治医ができる診療所』に出演した時、一緒に出ていたスーパードクターの方たちが、異口同音に『がんになったら、暗くなってはダメ。笑うことが大事です』って、おっしゃっていたんです。それを聞いてがんネタで笑わせることは自分たちの使命じゃないかと思うようになり、やるようになったんです」

手応えも感じているようだ。

「先日2人でライブハウスの舞台に立った時、終わった後年配のご婦人に呼び止められて『お2人とも本当にがんをやってるんですか。元気がありすぎるように見えますけど』って言われたんです。『本当ですよ』って言ったら、『実は、夫ががんなんですが、笑顔が消えていつも暗い顔をしているんですよ』と言うので、そばにいた旦那さんを見たら確かに暗い顔をしているんです。そこで、アドリブで『旦那さん、明るく生きたほうがいいですよ。ゴムパッチンやってあげましょうか』っていたら、急に笑い出したんで、奥さんにすごく感謝されました」

「笑うことが、がんにいい」と話す学者や医者は大勢いるが、がん患者に笑いを提供できる人間はごくわずかだ。その意味で「ゆーとぴあ」のお2人は貴重な存在である。できるだけ長くステージに立ち続けていただきたい。
(ホープの城後光義さんは2015年5月号の「私の生きる道」に登場されています)

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