がん患者や家族に「マギーズ東京」のような施設を神奈川・藤沢に 乳がん発覚の恩人は健康バラエティTV番組 歌手・麻倉未希さん

取材・文●髙橋良典
撮影●「がんサポート」編集部
発行:2020年2月
更新:2020年11月


全身のバランスがとれるリハビリを

2017年6月22日の手術後の病室で

6月22日、左乳房摘出手術の結果、リンパ節への転移は認められず、同時に乳房再建手術が行われ、都合手術時間は5時間近くに及んだ。

手術は無事成功したものの、術後、麻倉さんは前のように歌えるだろうか、万が一歌えなかったらどうしようと考えたりもした。

「でもそんなことを考えても負のループに落ち込むだけで何の解決にもならないと思い、考えるのは止めてました。土井先生からも『3日したら歌えるんじゃないかな、病室で歌っていても大丈夫よ』と言われたので病室で実際に声を出したら、なんとか声が出てホッとしました」

また、麻倉さんはプロ歌手ならではのリハビリも行っている。

「乳がんの術後、リハビリは普通、胸から上しかしないのですが、それだと、すぐに歌えないので、先生に全身のバランスがとれるリハビリを特別にお願いして、リハビリ専門の先生に病室に来ていただきました」

麻倉さんは、リハビリに励み6月の下旬に退院できたものの、やはり体は本調子ではなかった。それでも7月半ばに迫っていたライブのリハーサルのとき、手術前のように力を入れて歌えないことに気づいた。

「どうしたら歌いやすくなるのだろうと思っていろいろ試していたら、背中のほうに息を入れればいいのだと気づきました。今のほうが断然いいですね。ただ、左胸は自分の本当の胸ではないので、年齢的にも響きがどう変わっていくのか、歌いながら探っている最中です」

術後行なったライブのときの囲み取材で

音楽を通して乳がん検診向上を訴える

退院後、麻倉さんは、藤沢市の乳がん検診率向上の活動を始めた。

「2017年11月に主治医の土井卓子先生が、乳がん検診啓発のイベントで講演するため藤沢に来られたときに、指名されて自分の経験談を話す機会に恵まれました。先生のお話では日本の乳がんの検診率は欧米に較べて低く、私の住んでいる藤沢市は神奈川県の中でも低い、といったお話になったのです。私生活では10月の終わりに父が亡くなってひと段落したこともあり、自分の経験を役立てるにはどうすればいいか、を考えました」

一般にがんの講演会には、どうしても同じような人ばかりが集まってくる。もっと若い人などに拡がっていかないだろか。そう考えているうちに音楽で訴えてみたらどうだろう、と思い立った。

幸いにも藤沢にはアーティストが多く住んでいる。麻倉さんは人気ロックバンド、プリンセスプリンセスの元メンバー��富田京子さんに声をかけるとその趣旨に賛同してくれた。

「乳がん検診率向上のための音楽ライブをやりたい」と2人で周りの関係者や知り合いに相談を重ねていくと、商工会議所から「藤沢市民まつりで実施したらどうか」と提案された。

麻倉さんたちは、市も巻き込んで実行委員会を立ち上げ、2018年9月には「藤沢市民まつり」で、乳がん検診率向上のための音楽ライブをはじめとする、講演会・パネルディスカッションを含めたイベントを開催することに成功した。

ピンクリボン運動で富田京子さんと

「マギーズ東京」のような施設を神奈川・藤沢に

「患者だけでなく、その家族たちが悩みを打ち明けられる場所を作りたい」と語る麻倉さん

麻倉さんは現在、3カ月に1度の定期検診を受けている。

「私の場合、10年間ホルモン薬を飲み続けなければいけません。3カ月ごとでしかホルモン薬の処方箋が出ないので、3カ月に1度は定期的に病院に行かなくてはなりません。これからもがんと共存していかなければならないと覚悟しています」

ホルモン薬を飲み続けているというが、その副作用はどうのだろうか。

「副作用は1年ぐらい経ってから出てきました。足の裏が浮腫(むく)んだり、体調も波があって疲れると記憶の障害が少しでてきます。ですから、なるべく疲れないようにしているつもりなんですが、仕事が立て込むとどうしようもありません」

麻倉さんはたまたまTV番組で乳がんが発見されたのだが、それまで乳房に違和感を覚えたことはなかったのだろうか。

「前年は歌手活動35周年のライブなどで忙し過ぎて、毎日、お風呂に入ったらすぐ寝るというような生活を続けていました。でも2016年の暮れになんとなくツッパリ感があっておかしいな、と思って触ってみたんですが、よくわかりませんでした。

年が明けたら病院に行ってみようと思っていたんです。そんな矢先、父がICUに入り、先生からいつ呼び出しがかかるかわからなかったので、病院に行けずにいたところ、番組の話がきてタイミング的にはよかったと思っています。発見がもう少し遅れていたら、リンパ節まで転移していて、同時乳房再建もできなかったことを思うと、本当にラッキーでした」

そう語る麻倉さんには、ある夢がある。

それは、NPOを立ち上げ、東京・豊洲にあるマギーズ東京のようながん患者や家族が悩みを打ち明けられる施設を神奈川・藤沢につくりたいという夢だ。

「自分の病気のせいだ、私が早く検診に行けなかったことを主人が悔いていると後になって知りました。患者だけでなく、その家族も悩みを抱えていると知り、その人たちが悩みを打ち明けられる場所を作りたいと思いました。

マギーズ東京に訪れてみて素晴らしい施設だと思いましたが、私の住んでいる藤沢から豊洲までは遠すぎます。ですから藤沢にあのような施設を作りたいと思い、今年(2020年)5月にNPOを立ち上げる予定にしています」

「胸に眠るヒーロー 揺り起こせ」と麻倉さんは前を向く。

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