日本版「マギーズセンター」maggie’s tokyo マギーズ東京 来年度開設へ がん患者やサバイバー、支える人たちが自分の力を取り戻すことのできる空間を
共同代表の鈴木美穂さん
maggie’s tokyo ホームページ:maggiestokyo.org
STAND UP!! ホームページ:standupdreams.com
自分はこれからどうなるのだろう――24歳で乳がんを経験した鈴木美穂さんは、治療中に生きる希望を見失い、何度も死ぬことを考えました。しかし、ある出会いで、自分が生きていく意義に気づいたといいます。患者と一般社会が共存できる空間づくりを目指し、その夢は2015年度中にも完成します。
がん患者のための新しい施設づくりがスタート
2014年11月17日、都内で「NPO法人 maggie’s tokyo」の設立総会が開かれました。
共同代表の鈴木美穂さんは「プロジェクトが立ち上がってから半年でよくここまで来たと思います。巡り合わせに感謝しながら、いよいよ始まるのだと改めて身が引き締まる思いです」とコメントしました。
理事には、日本対がん協会会長の垣添忠生さん、国立がん研究センターがんサバイバーシップ支援研究部長の高橋都さんらが名を連ねています。これまでになかったがん患者と社会を結ぶ空間づくりがスタートしました。
うつ状態から立ち直らせた「生きていく」という使命
鈴木さんは2008年、胸にしこりを感じました。民放キー局で記者としての仕事を始めて3年目でした。
大きな病院で検査を受け、1週間後に結果を聞きに行ったとき、CT画像を見ながら医師が発した言葉は、「悪いものが写っていました」という事務的なものでした。「当たり前の未来がバサッと閉ざされた思いでした。検査の結果、乳がんのステージⅢ。『あとどれくらい生きられるかわからない』という告知でした」
19日後に全摘手術。リンパ節転移も見つかりました。そしてさらにつらい日々が待っていました。
「どん底でした。抗がん薬の副作用や死への恐怖でうつ状態になり、歩けない。呂律が回らない。3カ月ほどは毎日天国に行く夢を見ました。死ぬ準備をするくらい落ち込み、入退院を繰り返しました。テレビで笑っている人を見るのがつらい。みんな楽しい人生を送っているのに、どうして私はこうなったのだろうと」
将来への希望となりそうな情報を探しても見つからず、目に入るのは「死」という言葉ばかり。
そんなころに看護師から『乳がん 安心!生活BOOK』を紹介されました。乳がん経験者たちがどのように工夫して暮らしているかが伝わってきました。「これだ」と思った鈴木さんは、すぐにこの本の出版元であるVOL-NEXTを訪れました。その代表の曽我千春さんはマスコミ出身の乳がん経験者で、がん患者への相談支援サービスを手がけていました。
「がん経験を活かして輝いている人と初めて会って、そういう人生を送ることができるのだと希望の光が見えた気がしました。『がんと向き合って生きていくために、がんになったのだ』と自分なりに納得できるようになり、復活しました」
患者団体「STAND UP!!」がん患者には夢がある
2009年1月に社会復帰した鈴木さんは、記者としての仕事を続けながら、もうひとつの「使命」にも力を注ぎました。インターネット交流サイトを通じて知り合った仲間と話し合い、「若年性がん患者による、若年性がん患者のための」団体をつくったのです。名付けて「STAND UP!!」。
「若い患者の輪を広げ、孤独に陥ることがないよう、前向きに闘病を乗り切れるように立ち上がりました」
団体のキャッチフレーズは、「がん患者には『夢』がある」。闘病を経験したからこそ得たものを積極的に人生に活かしていこうという意味が込められています。サバイバーの声を届けるフリーペーパーを発行し続けています。
「当初は、がんを経験したことを引け目に感じてしまうためか、顔と名前を出して誌面に登場していただける方を探すのに苦労しましたが、次第に浸透していきました」
5年経った今は、製薬企業などの協力も得ながら、全国のがん診療連携拠点病院に置いてもらっています。
さらに鈴木さんは、がん経験者ではない人々にも輪を広げ、「Cue!」という団体も2013年に立ち上げました。こちらは、様々なイベントやワークショップを通して患者やサバイバーの方々が安心して社会と接することのできる機会を増やそうというものです。
「マギーズセンター」を日本につくりたい
その鈴木さんに、また新しい出会いが待っていました。2013年と14年に欧州で開かれた患者会の国際交流会議(IEEPO: International Experience Exchange for Patient Organization)に招かれました。
「患者サポートや社会整備面について各国の代表が発表する場です。全体で約150人、日本からは10人弱の参加でした。そこでわかったのは、日本は医療の先進国なのに、社会的なサポートが遅れているということでした。日本の社会にはまだまだがんになったことを語りづらい雰囲気があります」
そこで得た情報の中に「マギーズセンター」がありました。マギーズセンターは英国で1990年代から展開されているがん患者のための施設です。創設したのは55歳で乳がんの再発と、余命が短いことを告げられたマギー・ジェンクスさんという造園家。悲しみに打ちひしがれますが、すぐに、がん患者や家族、友人たちが気軽に立ち寄れて、快適な時間を過ごし、医療的なサポートも受けられる空間が社会には必要と考えるようになり、施設建設を決意しました。
マギーさんはその完成を見ずに他界しましたが、遺志は建築家の夫に引き継がれ、1996年に最初の施設がオープンしました。運営資金は寄付で賄われ、現在は英国に17カ所あり、さらに5カ所が建設中、国外では香港にも設立されています。各界著名人の協力も多く、建築家の黒川紀章さんがデザインした施設もあります。鈴木さんは「このような場を求めていた」と心を打たれました。
「がん種や病期に関係なく自由に行ける。食事や運動の指導を受けたり、医療者への相談もできる。全部そろっていて、しかも一般の方々をも巻き込んでいる」――すぐに日本にも設立したいと考え始めました。
出会いの相乗効果で 構想がジャンプアップ
東京に戻った鈴木さんは行動を開始します。以前から日本にマギーズセンターを建てたいと試行錯誤してきた訪問看護師の秋山正子さんの存在を知って訪問し、熱い思いを打ち明けました。すると、秋山さんも「一緒にやりましょう」と手を握ってくれました。
「秋山さんは医療界や行政などに幅広い人脈を築いています。一方で私はクリエイティブな領域や不動産などビジネス界に知り合いが多くいました。それぞれの持ち味を発揮してコラボレーションしましょうと、14年5月に活動を開始しました。2人が出会ったことで大きく事態が進展しました」
世代を超えたコラボの波及力は大きく、あれよあれよという間に構想が現実化し、大企業も巻き込んで、東京都中央区豊洲の開発地域に戸建ての施設を建設することが決まったのです。がん研究会有明病院にも国立がん研究センター中央病院にも近い、願ってもない立地です。
「東京五輪に向けて『心と体のバリアフリー』を目指して開発しようとしている地域でした。ぴったりですね」
土地の確保などには優遇措置がありますが、3,500万円に上る建築費は実費が必要。鈴木さんはインターネットの「クラウド・ファンディング」という方法で寄付を呼びかけました。反響は大きく、目標の700万円を大きく超える2,206万8,000円が集まりました。がん患者や家族、医療者など様々な方が支援してくれたといいます。
「とてもありがたいことです。ご支援を具体的な形にし、期待に応えられるように頑張りたい」
2015年度中にオープン おしゃれな空間に
順調に進めば、2015年度中に完成する。がん看護専門看護師、臨床心理士、ソーシャルワーカーらが常駐する計画です。すでに地方からの問い合わせもあり、モデル事業としての役割も果たしたいと話します。
「つらい思いをしているときに『あそこに行ってみよう』と思えるような場所にしたい。患者さんが自分の力を取り戻していけるように寄り添いたい。敷居の高くない、おしゃれで居心地のいい雰囲気にしたいですね」
maggie’s tokyo(NPO法人申請中)
●マギーズセンターとは
英国にあるマギーズセンターは、がん患者や家族、医療者などがんに関わる人たちが、がんの種類やステージ、治療に関係なく、いつでも利用できる施設。がんに悩む人は、そこで不安を和らげるカウンセリングや栄養、運動などの指導が受けられ、仕事や子育て、助成金や医療制度の活用についてなど、生活についても相談できる。日本にもマギーズセンターを建設する目的で2014年11月、maggie’s tokyo(NPO法人申請中)が発足。2015年度中の完成をめざしている。