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第11回 胃がん――胃と経絡、2つの視点からアプローチ
スキルス胃がんとは?
食べ過ぎ、飲みすぎが続いた場合、陰陽両方の状態が同時に起きるケースもあります。
飲みすぎて水泡の胃潰瘍ができつつ、芯を持った口内炎が多発したり、気血が溢れて胃の中が熱を持っているのに、水分も溢れて足がむくむなど。このときの舌は、真っ赤なのに側面に歯形が付いていたり、ボテッとむくんでハリがないのに黄色く分厚い舌苔が付着している、といった状態です。
この陰陽併発の中でまれに生まれるのが、スキルス胃がんです。膵がんと並んで難治とされるスキルス胃がんは、西洋医学では「がん細胞が胃の粘膜下に広く浸潤し、診断時に既に腹膜播種(ふくまくはしゅ)や腹水をきたしていることが多い難治がん」と解説されます。では、なぜ胃がそのような状態になってしまうかについて、中医学の視点で説明してみましょう。
栄養過多から気血が溢れ、胃の内壁に血が集まります。血は熱を持つので胃の内側が熱くなりますが、同時に水分過多で胃内が水浸しにもなっていて、その水分が熱で水蒸気となってさらに熱が籠ります。
そうした状態の中、水分の摂り過ぎで陰にも傾いている体が上半身にうまく水分を挙げ切れなくなり、中途半端に挙げた水分が胃の下部の外側に水滴となって溜まることがあるのです。こうして胃の内壁だけでなく、外壁も水浸し状態が続いた粘膜は、徐々に障害され、褥瘡(じょくそう)のような状態になってしまいます。褥瘡が進むと、水漏れを引き起こしてしまうこともあるでしょう。そうした状態が悪化した先に起こるのがスキルス胃がんです。
先に炎上するのは、火元ではなく
ここまでは、臓腑としての胃が陰陽に傾いた状態、そして陰陽それぞれの胃がんについて見てきました。ただ、胃は気血を体中に分配する司令塔ですから、胃の異変は胃のみに留まらず、同時に胃の経絡上にも変調をきたします。
さらに言うと、たとえ胃に異変があっても、先に経絡上に炎症を起こし、胃そのものには症状が出ていないことも実は少なくないと知っておいてほしいのです。つまり、胃が陽に傾いて熱が発生したり、気血を作り過ぎたりすると、その場ですぐに胃の中で熱が充満したり気血が溢れるのではなく、まず経絡を通じて変調を別の場所に逃がそうとするわけです。
火災に例えると、火元より、煙が廊下を伝って上っていった先の別部屋のほうに被害が大きいことがありますね。陽に傾いた体がまさにこの状態。火元の胃より、胃から溢れた気血が経絡を伝って、その先の溜まりやすい別の場所で先に炎上する状況が多々あります。このとき炎上しやすい場所が乳房であり、喉や頭部、耳や鼻、といった上半身の各所です。
ちょっとした小火(ぼや)なら、耳鳴りや黄色い鼻水、咳といった症状に現れますし、炎上したら、乳がん、肺がん、頭頸部がん、脳腫瘍といった病になることもあります(乳がんについては第10回 なぜ乳がんになるの? 再発予防法を参照)。
一方、胃��陰に傾いているときは、大雨による川の決壊に例えられます。大雨でダムの水位がギリギリまで上昇しても、ダムの決壊は最後。川へ放流という措置が取られ、そのとき決壊するのはまず川の下流です。ダムが胃。川が胃の経絡ですから、決壊しやすい下流地点は、大腸、膀胱、股関節近辺(前立腺、卵巣、子宮)です。
生活習慣を原因とする胃の不調は、胃そのものより、まず始めに経絡上に症状が現れることが多い、と覚えておいてください。
ただし、胃にガソリンを投下してしまったような場合は、胃が真っ先に燃えます。これに当たるのが、消炎剤などの薬剤や発がん性物質。薬は自己判断でいつまでも飲み続けず、必ず医師の診断に従ってください。
どんな運動が予防になるのか
今回は、胃がんについて、「臓腑としての胃」と「胃の経絡」という2つの視点からお話してきました。胃は体の要であり、気血を分配する司令塔。だからこそ、胃の不調は胃だけに留まらないことを、まず理解してほしいと思います。
予防法や対策としては、陰陽問わず、食生活の見直しと継続的な運動に尽きます。食生活については毎朝、舌の状態を見ることを習慣にし、陽に傾いていたら食べ過ぎに注意。胃を休ませる時間をとってください。ファスティング(断食)もおすすめです。陰に傾いていたら、水分を少し控える。そして、汗をかいて体内から水分を追い出してあげましょう。入浴も効果的です。
おすすめの運動については、陰陽で少し違います。陽タイプの方は、作り過ぎた気血を使いたいので、体にある程度負荷のかかる運動を試してください。山登りでもジョギングでも何でもいいので、筋肉疲労が生じるような運動がおすすめです。
一方、陰タイプの方は、足のむくみをとることを念頭に置いた運動が大切です。ヨガ、太極拳など足を上に挙げるポーズがある運動はもちろん、入浴、熱を加える岩盤浴もおすすめ。体を芯から温めて、体内に溜まったむくみを溶かし、流してあげるイメージを持ってください。
次回は「肺がん」について、中医学の視点でお話します。(次号へ続く)
著書紹介

「胃のむくみ」をとると健康になる
今中健二著 サンマーク出版 1,400円(本体)
「水は飲むほど体にいい」に警鐘を鳴らす1冊。過剰な水分摂取が胃をむくませ、そのむくみが体中に伝わって不調が現われるのだという。その症状は、頭痛、腰痛、高血圧、糖尿病、生理痛、肥満、貧血、不妊症、肺炎、がん、緑内障など多岐に渡る。中国伝統医学のプロフェッショナルが教える究極の健康法

医療従事者のための中医学入門
今中健二著 メディカ出版 3,000円(本体)
整体観、陰陽五行学説、弁証理論など、複雑に思える中医学の概念を分かりやすく明快に解説。医療従事者はもちろん、家族の健康を気遣うお母さんたちにも知ってほしい中医学の知識を伝える。舌や顔色でわかる体質や対処法、それに合わせた食事や温度調整など、実際のケアに役立つ知識をまとめた1冊