大腸がんの手術に万全の態勢で臨み、機能温存を目指す
国立がんセンターでのレジデント生活が運命の転機もたらす
現在、全国屈指の大腸外科医となった絹笠さんだが、医師になったきっかけを聞くとはにかんだ。
「それを聞かれると弱い(笑)。高校時代はちゃらんぽらんで、もともと歯学部を志望していたのですが、センター試験の結果がよくて、成り行きで医学部に入ったんです。いい加減ですよ」
卒業後、外科の医局に入った。1年間大学での研修を経て、研修先の病院に出た。そして、絹笠さんが、現在のような大腸がん手術の名手となる運命の転機は、国立がんセンター中央病院(当時)のレジデントになったことだった。
「僕の所属していた医局の恩師である杉原健一教授(当時)が、大腸がんの専門家で、国立がんセンターでの研修を勧めてくれたんです。入ってみると、それまでの研修先の病院では見たこともないような手術が様々な臓器に対しても行われていたのには驚きました。胃がんの手術は世界をリードしていて、欧米からもたくさん見学者が来ていたし、肝胆膵がんも興味深かったです」
そんな中で、絹笠さんがとくに興味を覚えたのが大腸がんだった。
「当時、大腸外科の部長、森谷冝皓先生の手術はとくに凄かったです。骨盤内で他の先生方が出血して大変そうにしているような手術を、全く出血もさせずにきれいに終わらせていたんです。無茶苦茶怖い先生で、前立ちする(第1助手を務めること)と最初から最後まで怒られ通しでしたが、先生から学んだことは大きかったです」
国立がんセンターでは、がんの怖さ、診断、病理と手術以外にも、がんに対するあらゆることを学ぶことができ、間違いなく今の礎になっていると絹笠さんは振り返る。
「大腸がんを選んだのは、骨盤内の手術の奥の深さでした。上腹部のがんは術式でがんの取り残しや機能温存の有無が決まるところがあるんですが、骨盤内の手術は、同じ術式でも、技術の差によってそれが決まるところがあり、手術手技を磨くことにとてもやりがいを感じたんです」
臨床解剖学の修得が もう1つの大きな武器に
その後、再び杉原教授の勧めで、臨床解剖学の研究をするため、絹笠さんは、札幌医科大学へ行った。
「臨床解剖学とは手術に即した解剖学なんですが、研究室の教授は生の遺体を使って解剖するシステムを構築した人でした。森谷先生に輪をかけて怖い人だった(笑)」
約1年間、解剖と顕微鏡を覗く日々に明け暮れた。
大腸がんの手術手技に加え、臨床解剖学の知識を身につける。この2つが後の絹笠さんの��きな武器となる。
驚異的に低い 術後の機能障害発現率
2006年、静岡がんセンターに赴任し、身につけた技術と知識を糧に、腹腔鏡下手術を中心にあらゆる大腸がんの手術に日々取り組んできた。
「僕も腹腔鏡下手術は、ここに来てから始めました。どうにか自信が持てる手術ができるようになったのは100例を過ぎた頃です。今では、手術の定型化を確立しましたので、後輩たちは僕よりもかなり速いラーニングカーブで手術手技を身につけています。ダヴィンチでは、それがさらに速くなっています。すでに、一番下の若いスタッフでもかなり難しい症例をきちんとできるようになっています」
絹笠さんたちのチーム成績はものすごく良い。機能障害に対して、JCOG(日本臨床腫瘍研究グループ)の40施設で行った直腸がんに対する開腹手術による神経温存手術のデータでは、排尿障害が60%、勃起障害が60~70%だったが、それと同じスケールを使ったデータで、絹笠さんたちは、腹腔鏡下手術で8~10%。ロボット手術では何と3%という結果を出している。
「我々は剥離層にこだわっているからです。ただ、解剖の知識があってもいかにうまく残せるかは技術です。解剖がこうなっているからこういう手術をしようということを常に考え続けています」
また、同センターは、がんセンターながら、高齢者や合併症を持つ患者も多く受け入れている。絹笠さんたちもそういう患者に対しても積極的に手術を行う。
がんの手術であることを 十分に認識して臨むべき
チームの責任者として数々の難症例と立ち向かう日々の中でふと思うのは、自分をここまで育ててくれた人々への恩義だ。
「今、振り返ると、僕は大学の恩師をはじめ上司など、人との出会いに恵まれてきたと思います。今の僕があるのは、そういう方たちとの出会いのお陰です。出会いのきっかけとなる誘いを断らずに身を任せたのも良かったかもしれません(笑)」
絹笠さんは、自分自身も指導者として、良かれと思うことは実践している。
「手術のビデオクリニックを3カ月に1度くらいのペースでやります。手術の勉強については、皆、本当に熱心なのでやりがいがあるんです」
さらに年に一度は、静岡がんセンターを巣立っていったOBの医師たちを集め、同窓会をかねての研修会も実施しているという。まさに〝絹笠塾〟だ。
「独り立ちして間もない彼らにいつも言うのは、〝開腹手術をためらうな〟ということです。腹腔鏡手術はいい手術ですが、かなり経験を積んで高い手技が実現できるようなるまでは、やたらと手を出してはいけない手術なのです。ここでは進行がんも腹腔鏡手術でやっていますが、しかるべき手術は必ず開腹手術を選択します。それをわかっていることが一番大切なんです。がんの手術であることを十分に認識して手術に臨むべきです」
大好きなスキーと手術に共通点
日々の手術と診療など目の回るような忙しさの中で、なかなか休みも取れないという絹笠さんだが、大好きだったスキーを少しずつ復活させているという。
「2013年に東北に講演に行ったとき、スキーツアーも付いていたんです。そのとき、道具を一式買い直して久しぶりに滑ったら楽しくて、それから年末年始は5歳の息子と一緒にスキーを楽しんでいます」
スキーと手術は共通点があると絹笠さん。
「基礎をしっかり学んでいれば、どんな難しい手術でも確実にできるのです」
大好きなスキーができる時間を少しは欲しいと言いながらも、目の前の患者を少しでも多く救うため、絹笠さんは、今日もチームのスタッフとともにがん攻略のためにメスを振るう。