慢性骨髄性白血病の治療を変えた分子標的薬5年の軌跡
全生存率89.4%。未治療の全病期で第1選択に
東京慈恵会医科大学付属病院
血液・腫瘍内科部長の
薄井紀子さん
慢性骨髄性白血病の治療は、グリべックの登場で画期的な進歩を遂げた。
2006年6月、ASCO(米国臨床腫瘍学会)でグリベックの5年間の治療成績が発表された。
グリベックを用いた群の全生存率は89.4パーセントという優れた成績だった。慢性骨髄性白血病の治療と、グリベックの5年間について、東京慈恵会医科大学付属病院血液・腫瘍内科助教授の薄井紀子さんにお話を聞いた。
ゆっくりと進行するが、急性転化期に入ると急激に増殖
慢性骨髄性白血病は、血液細胞のもととなる造血幹細胞の異常で白血球などが激増してしまう病気だ。通常、2週間ほどで自然に死んでゆく白血球がなかなか死なず、骨髄の中で白血球がどんどん増え続け、血液中に、芽球という未成熟な白血球(白血病細胞とも呼ぶ)や血小板などが多くなる。
「慢性」とは、ゆっくりと進行していくこと、「骨髄性」とは白血球のうち骨髄中の造血幹細胞から作られる好中球、好酸球、好塩基球などが増加することを示している。
慢性骨髄性白血病は、病気の進み具合によって、慢性期、移行期、急性転化期に分けられる。通常、慢性期は5~6年、移行期は6~9カ月、急性転化期は3~6カ月ほど続く。慢性期には、ほとんど自覚症状はない。しかし、急性転化期に入ると、病気の進行が速くなり、症状が強く出る。移行期はその中間にあたる。
慢性期 | 白血球数は増加しているが、未成熟な芽球細胞の割合は少ない(15%以下)。脾臓の腫大がみられる。数カ月~数年間続き、無治療では、必ず急性転化期に移行する |
移行期 | 骨髄、末梢血中の芽球細胞の割合がやや増加し(15%~30%)、貧血、出血傾向、発熱が出現することがある。脾臓の腫大が進行する。移行期を経ないで慢性期から直接急性転化期に移行する場合もある |
急性転化期 | 骨髄、末梢血中の芽球細胞の割合が30%以上に増加する。骨やリンパ節に腫瘤ができることがある |
慢性骨髄性白血病患者の骨髄の細胞を調べると、95パーセント以上で、フィラデルフィア染色体と呼ばれる異常な染色体が見つかる。これは1960年に発見された。染色体は遺伝子の束で、人には46本の染色体がある。フィラデルフィア染色体は、細胞の中では隣り合わせに位置する9番目と22番目の染色体が途中から切れて、入れ替わってつながったものである。隣り合わせなのでつながりやすいという。
この染色体上に、慢性骨髄性白血病の原因となる異常な遺伝子が発見された。9番目の染色体の切り口にあったablという遺伝子と、22番目の染色体の切り口にあったbcr遺伝子が1つになって、bcr-abl遺伝子という異常な遺伝子ができる(図2参照)。このbcr-abl遺伝子が慢性骨髄性白血病の発症に関わることがわかっている。
「遺伝子は、BCR-ABLタンパクという異常なタンパクを作ります。この異常タンパクが『白血病細胞を作れ』という指令を出すのか、白血病細胞がどんどん増殖してきます。急性転化期になると、白血病細胞は骨髄以外の、脾臓、肝臓、肺、リンパ管などに浸潤し、全身に広がります。数年前までは、いったん、急性転化期になると効果的な治療法はなく、ほとんど救命できませんでした。そのため、多くの場合、急性転化をできるだけ先延ばしにすることが、医療現場での目標でした」と薄井さん。
従来の選択肢は、移植、インターフェロン、化学療法
5年ほど前まで、慢性骨髄性白血病の治療法は、同種造血幹細胞移植療法と、インターフェロン療法、化学療法の3つだった。
同種造血幹細胞移植とは、患者の異常な白血病細胞を大量化学療法や放射線治療で全滅させて、骨髄を空っぽにしてから、元気な人の造血幹細胞を移植して、正常な血液細胞を造れるようにする治療法だ。慢性骨髄性白血病を治すことができる唯一の治療法といわれる。
ただし、この治療には大きな制約がある。まず、治療に耐えられる体力が患者側に求められるため、年齢的には50歳くらいまでに限られる。また、造血幹細胞の提供者(ドナー)は、HLAと呼ばれる白血球の型が患者と一致していることが条件となる。家族などの血縁者や、骨髄バンクの登録者の中からHLAが適合する人を探さなければならない。これらの条件を満たして、治療対象となるのは患者全体の20~30パーセントほどだ。
血縁者間(兄弟姉妹間)の造血幹細胞移植の5年生存率は約70パーセント、骨髄バンクから提供された非血縁者間の移植の場合には約50パーセント。病気の進み具合も治療成績に関係する。米国の報告(1995年から2003年)では、慢性期なら約50パーセント、移行期は約30パーセント、急性転化期では約10パーセントだ。慢性期に血縁ドナーで行うほうが治療成績はよいようだ。
インターフェロン療法は、インターフェロンαを注射して、増加したフィラデルフィア染色体を持つ白血病細胞を消滅させる治療法だ。
治療開始当初は、毎日注射をし、白血球数の減少に応じて、投与量や投与間隔を調整していくことが必要となる。慢性期なら20パーセントほどの確率でフィラデルフィア染色体を消滅させることができる。
ただし、移行期、急性転化期には、慢性期と同様の効果は期待できない。発熱や筋肉痛、うつ症状などの副作用対策も必要となる。
化学療法は、抗がん剤のハイドレア(一般名ヒドロキシカルバミド)またはマブリン(一般名ブスルファン)を用いる。飲み薬だから治療は簡単だ。増加した白血球や、血小板を減らして、病気の進行を遅らせる。しかし、その治療成績はインターフェロン療法を下回る。
3つの治療法を比べると、治療成績が1番よいのが同種造血幹細胞移植で、次いでインターフェロン療法、化学療法と続く。同種造血幹細胞移植は治療対象が限られるため、インターフェロン療法もしくは化学療法を受ける患者が多かった。
ところが、グリベック(一般名イマチニブ)の登場によって、慢性骨髄性白血病の治療法は大きく変わった。
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