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遺伝子を薬として用いる新発想の「がん遺伝子薬品」はどこまで期待できるか がん細胞だけで増えて、がん細胞だけを破壊するウイルス製剤「テロメライシン」

監修:藤原俊義 岡山大学医学部付属病院遺伝子・細胞治療センター准教授
取材:「がんサポート」編集部 構成/林 義人
発行:2009年7月
更新:2019年1月

  
藤原俊義さん
岡山大学医学部付属病院
遺伝子・細胞治療センター
准教授の藤原俊義さん

テロメライシン、といっても、聞いたことがない人が多いのではなかろうか。知っている人はかなりの”がん通”といっていいかもしれない。風邪の原因としておなじみのアデノウイルスを改変して作り出した、まったく新しいタイプの治療法だ。感染するとがん細胞の中だけで増殖して、がんを破壊するように設計され、近い将来薬になる予定で進んでいる。

今までにないタイプの治療薬

写真:2008年のASCO会場の藤原さん

2008年のASCOでテロメライシン治療の臨床試験結果を発表した藤原さん

ASCO2008(第44回米国臨床腫瘍学会)で藤原さんは、自らが開発したテロメライシンという名を持つ新しいがん治療薬について報告した。岡山大学発のバイオベンチャーであるオンコリスバイオファーマ株式会社が米国で行っている第1相臨床試験のデータだ。この段階の臨床試験は安全性を確認することが目的だが、欧米や豪州などの研究者や大手の製薬企業は、テロメライシンがこれまでにない作用メカニズムを持つ薬剤であることに強い関心を寄せている。

テロメライシンは、風邪の原因になるアデノウイルスの遺伝子を改変したもので、がん細胞の中だけで増えてがん細胞だけを破壊する。がん細胞の中で活性化するテロメラーゼという酵素を標的にしてがんを破壊する薬で、いわゆる分子標的薬といわれる薬剤と似た性格を持っている。マウスを用いた前臨床研究で、腫瘍を消失したり縮小する作用があることが確認されている。

[マウスに移植したヒト腫瘍に対するテロメライシン腫瘍内投与の効果]
図:マウスに移植したヒト腫瘍に対するテロメライシン腫瘍内投与の効果

また、別の動物実験で、原発巣に投与するとリンパ節から転移巣に流れていき効くということが確認できているそうだ。

「分子標的薬もがんを狙い撃ちにする薬ですが、テロメライシンは作用メカニズムからいえばそれらとはまったく異なっています。
分子標的薬は最初安全な薬として登場しましたが、その後心毒性が出たり、出血を伴ったりなど、かなり厳しい副作用が出ることが報告されるようになりました。そうした意味ではテロメライシンは、より安全な薬と見られています」

腫瘍の中でウイルスが増える

第1相臨床試験は、2006年10月から米国・テキサス州ダラスにあるメアリー・クローリー・メディカル・リサーチ・センターという施設で行われた。さまざまな固形がんの患者16人に対してテロメライシンを1回だけ注射で腫瘍内に投与して反応をみた。そのうち、検討が終わった12例(悪性黒色腫〔メラノーマ〕4人、頭頸部がん4人、肺がん2人、乳がん1人、肉腫が1人)についてデータが示されたのだ。

副作用では、一過性の発熱や注射した場所の痛みなどが出る場合もあったが、大したものは見られず安全に投与できることが確かめられた。

「もう1つ重要なのは、腫瘍の中でウイルスが増えることが確認できた点です。テロメライシンを投与したあといったんウイルス量が増えてその後下がり、1週目とか2週目に再び増えて2回目のピークを迎えます。我々のウイルスがちゃんと患者さんの体のなかで増えて働いていることが確認されたのです」

治療の手立てのなくなった患者に対して、1回だけ投与する試験なので、それほど目覚ましい臨床効果が示されたわけではない。腫瘍の大きさが半分以下になるPR(部分寛解)という症例もない。それでも、評価が可能だった9人中6人で腫瘍が6.6~35パーセント縮小していた。

[悪性黒色腫の患者さんに対するテロメライシンの効果]

[投与前]
投与前
[投与後]
投与後

テロメライシンの投与前は37×19ミリ大あった腫瘍が投与後縮小したのが見られる

目に見えないがん細胞まで攻撃

テロメア
染色体の末端にあるテロメア。
細胞が老化すると短くなる

人の細胞の中にある染色体は、「生命の設計図」といわれる遺伝子がセットになったものだ。染色体の末端には、染色体を守る役割をするテロメアと呼ばれる構造がある。テロメアは「生命の回数券」とも呼ばれていて、老化とともに短くなっていくのが普通だが、テロメラーゼという酵素が働くと長くなり細胞が死ななくなる。

がん細胞は死なない細胞といわれるが、テロメラーゼが活性化しているためと考えられる。がん細胞では平均85パーセントでテロメラーゼが活性化しているとされる。このことががん治療のターゲットとして注目を浴びてきた。

[各がんで発現しているテロメラーゼ活性の度合い]
写真:2008年のASCO会場の藤原さん

「テロメラーゼによって動くスイッチの役割をするプロモーターと呼ばれる遺伝子(hTERT遺伝子)があります。これを取り出してアデノウイルスのなかに組み込んで、テロメラーゼの活性のある細胞の中で、このスイッチがONになって増えるウイルスを作りました。これがテロメライシンです」

ウイルスは自分では細胞を持たない生物で、他の生物に感染してその細胞に潜り込んでそこから栄養をもらわないと増えることができない。こうしたウイルスの性質を利用して、ウイルスの持っている遺伝子に操作を加えてからこれを感染させて、宿主(※1)の設計図を書き換えることで病気治療を行おうという新しい方法が生み出された。テロメライシンがその1つだ。

「テロメライシンに特徴的なのは、正常な細胞にも感染するけれども増えず、がん細胞に感染しその中だけで増える点です。がん細胞の中だけで増殖し、細胞融解を引き起します」

これまでの抗がん剤は体の中で増えることなどなく、次第に代謝されていくので薬の血中濃度は下がっていく。がん組織での効果を上げるためには投与量を増やす必要があり、そのため起こる全身的な副作用が問題となっていた。

ところがテロメライシンでは、テロメラーゼの活性に反応して体の中でどんどんウイルスが増える。そのため、初期の投与量を少なめに設定できるというメリットがある。

「テロメライシンのウイルスは全身を回って行き、がん細胞のあるところに到達したらそこで増えるというスイッチが働きます。腫瘍部分のみへの局所治療ではなく、がんのある領域全体に対する局所治療が成り立ち、目に見えないような微小の転移があれば、そこでがん細胞を殺す効果も期待できるわけです」

※1 宿主=寄生生物が寄生して生活する相手の生物のこと

[テロメライシンの構造と概観]
テロメライシンの構造と概観


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