外来化学療法の普及で迫られる新しい貧血対策
貧血に伴う疲れや倦怠感を軽減し、QOLの改善を目指す
東海大学医学部長の
堀田知光さん
骨髄における赤血球産生能力の低下
――普通の貧血と化学療法に伴う貧血とはどのようにちがうのでしょうか。
貧血とは、血液中の赤血球が著しく減少した状態です。赤血球は酸素を体の隅々にまで運ぶ役割を持っており、これが減少すると酸欠が起こり、動悸や息切れ、めまいなど、様々な症状が現れます。貧血の原因としては、(1)赤血球の材料となる鉄分やビタミンの欠乏、(2)大量の出血等により赤血球産生が間に合わない、(3)骨髄での赤血球産生能力の低下、が考えられます。
貧血の中でも、化学療法によって生じる貧血は、主に(3)骨髄の赤血球産生能力の低下によって起こると考えられます。抗がん剤は、がん細胞を壊す作用を持っていますが、同時に正常な細胞にも障害を与えます。なかでも血液を造っている骨髄はその障害を受けやすく、血液中の白血球などと同様に赤血球も減少し、様々な症状が現れます。
――化学療法に伴う貧血の症状や経過に特徴はありますか。
貧血症状だけに限っていえば、他の貧血と変わらず大きな特徴はありません。ただ、がんそのものによる貧血の場合、症状はゆっくり進行しますが、化学療法に伴う貧血は、少し早めに進行しがちです。
貧血の程度は、血液検査項目のひとつであるヘモグロビン濃度の値によってわかります。成人男性ではヘモグロビン濃度12グラム/デシリットル(以下、単位省略)を境に貧血かどうかを判断するのですが、10以下にならないと疲れや倦怠感などに気づかないことが多いのです。
ヘモグロビン濃度が8になると、多くの人が動悸や息切れ、頭痛等を感じ、7以下になると輸血が必要になります。貧血が重症になると、血液が薄い状態になりそれを補おうと、心臓が血液をたくさん送り出すために、心臓に負担がかかってきます。7まで低下すると、相当につらいでしょう。入院生活でも日々の活動ですらつらいので、通院するにはしんどくて耐えられない人が多くなります。通院途中で気分が悪くなるとか一休みするとか、階段の上り下りが苦しいとか、顔色が悪いなどといった場合には、貧血かどうか注意する必要があります。最近は日本でも、外来で化学療法を行うケースが増えているので、貧血に対しても新しい対応が迫られているといえます。
外来化学療法の普及で迫られる貧血の新しい対応
――貧血が起こりやすいがん種や抗がん剤はありますか。
貧血が起こりやすいかどうかはがんの種類よりもがんの進行度に左右されます。がんが進行して腫瘍の量が多くなれば貧血も重くなり、赤血球を造る場所でもある骨髄にがんが転移すると急激に貧血が起こります。
逆に、消化器がん以外で早期に貧血が起こることはあまりないでしょう。胃がんや大腸がん等では、出血を伴うので、早期でも貧血を起こすことがあります。しかしそれ以外で貧血が起こった場合は、相当がんが進行していると考えられます。
また、抗がん剤の種類によっても貧血の起こり方にちがいがあります。なかでも貧血を起こしやすいのは、プラチナ系(シスプラチン、カルボプラチン等)やタキサン系(タキソール、タキソテール)、アントラサイクリン系(ドキソルビシン、エピルビシン等)等の抗がん剤です。
化学療法に伴う貧血治療の新しい選択肢に期待
――貧血に対しては、どのような対処法が考えられますか。
従来、貧血に対しては輸血が唯一の対処法でした。輸血のメリットは、早く、確実な効果が得られる点です。しかしデメリットもあります。第1に、感染症の危険性、第2に、輸血を繰り返すと鉄分過剰になり、心不全や糖尿病、肝機能障害の引き金になりやすいこと、第3に、輸血自体がさまざまな副作用や有害反応の原因となりうることです。輸血ミスなどの医療事故が発生する可能性も否めません。しかし、非常に重篤な貧血の場合や出血のように急激な貧血の時には早急に対処する必要性があり、患者さんの同意の上で輸血をしています。
一方、海外では、エリスロポエチン(以下EPO)製剤の登場によって、輸血以外の貧血治療が可能になっています。EPOとは腎臓で作られる造血ホルモンで、骨髄における赤血球の産生を促す働きを持っています。このEPOが遺伝子組み換え技術によって薬(EPO製剤)として開発され、海外での臨床試験の結果、貧血の改善に大きな効果があることがわかっています。日本でも現在承認に向けて治験が行われています。
――EPO製剤はなぜ貧血に効果があるのでしょうか。
貧血になると腎臓から多量のEPOが分泌されて赤血球産生作用を高めます。ところが化学療法で起こる貧血では、骨髄がダメージを受けていますので、腎臓からのEPO分泌だけでは十分ではなくなります。そこで、高濃度のEPOを薬(注射)として投与することによって骨髄を刺激し、赤血球の産生を高めて、貧血の改善をめざします。
現在、欧米ではがん化学療法に伴う貧血に対して広くEPO製剤が使用され、国際的なガイドラインも作られています。このガイドラインでは、ヘモグロビン濃度が10~11であれば貧血症状の発現状況に応じてEPO製剤の使用を考慮し、10以下になったらEPO製剤を投与することが推奨されています。QOLを維持しながら化学療法を継続していくために、輸血を必要とするほどではない軽度から中等度の貧血に対しても、治療するような方向性になっています。ただし、白血病(骨髄性白血病)など、がんの種類によってはEPO製剤投与の対象にならないものもあります。また、EPO製剤を投与する際には、ヘモグロビン濃度の動きに注意しながら、血圧の上昇、脳梗塞など血管障害の副作用発現に配慮することが必要となります。今後は、EPO製剤、輸血などの中から、患者さんの状態や化学療法の実施状況等を考慮した上で、条件にあった治療を選択することが大切になります。
出典:Janice L,J Clin Oncol19(11),2875-,2001
――化学療法に伴う貧血など副作用に対して患者さんへのアドバイスをいただけますか。
近年、外来の化学療法が普及してきたこともあって、QOLを維持し、可能な範囲で働いたり趣味の活動などを続けるため、様々な副作用に早め早めに対処することが求められてきました。化学療法の副作用に対する対処法は年々進化し、吐き気や発熱(感染)に対してはそれなりの対応が可能になりました。しかし、貧血についてはいまだに十分な対処ができていません。それだけに今後、EPO製剤が使えるようになれば、従来は十分に治療がされていなかった軽・中等度の貧血に対しても積極的な治療が行われ、倦怠感や疲れをかなり解消できることでQOLの改善が期待されます。
今や国際的には「貧血は放置すべきではない」というのが常識です。日本でも貧血治療の選択肢が増え、早くその常識が根付く必要があります。現時点では、輸血を除いて確実な治療法がないこともあり、医師の側に「がんの治療をしているのだから貧血ぐらいは当たり前。多少は我慢してもらわないと」という意識があるのも事実です。一方、がん患者さんは、「治療中だから仕方ない」、特に高齢者の場合は「年のせい」と我慢しておられる方が多いようです。しかし、がんと共に生きる時間が長くなればなるほど、患者さんはご自身の日々の生活を大切にされることから、気分の良し悪しや体調に気を使うことは当然のことかと思います。
まず医師の側も患者さんの側も、化学療法に伴う貧血に目を向けてみることです。そして気になることがあれば、医師や看護師に相談してみて下さい。化学療法の新しい副作用対策は、そこから始まるといっていいでしょう。