闘病記

悪性リンパ腫だった娘の闘病体験 命の大切さを伝えたい

2005年2月

「私、この病気と正面から闘うことにする」 亡くなる1週間前に彩里さんが作り上げたねずみの家族(?) 娘の彩里は小学6年生で発病し、3年あまりの闘病を経て、平成8年に中学3年生15歳で亡くなりました。病名は悪性リンパ腫でした。入院した日から私は自分の気持ちを落ち着かせて娘に笑顔で会えるように日記をつけていました。14冊となったノートの中から彩里の言葉を大切に残したいと思い、1周忌に本(日がの...

詳細はこちら

押し寄せる苦しみの大波にも、「前進、前進」の心 看護師・鈴木厚子さん

2005年2月

普通の生活に戻りたい 鈴木厚子さん (すずき あつこ) 看護師 初めて鈴木厚子さんに出会ったのは、都心にも秋の気配が濃い10月下旬のことだった。 「がん患者のメンタルケアについて、体験談を聞かせて欲しい」 そんな突然の頼みを快く受け入れて、わざわざ池袋のホテルまで出向いて来てくれたのだった。 鈴木さんは、どこか少女のような雰囲気を残した女性だった。一見華奢だが、そこから発せられ...

詳細はこちら

命をいかすために、自転車世周一周の旅再出発 自転車冒険家・エミコ・シールさん

2005年2月

「余命半年」からの復活 エミコ・シールさん (写真右)自転車冒険家 〈思わぬがんの告知をうけましたが、4年の闘病生活の末、いよいよ旅再開の報告ができる日がきました!〉 2004年秋、友だちの自転車冒険家、エミコ・シールさん(旧姓・阪口恵美子)から手紙が届いた。 エミコさんは大阪で生まれ育った。目が大きく、くっきりとした沖縄風の顔立ちだ。身長156センチ。しかもほっそりとしている。どこに...

詳細はこちら

「いつも笑顔で」と転移がんと闘い続けた5年間 ある大手製薬会社元役員の壮絶な闘病日記

2005年2月

川野和之さん かわの かずゆき 1944年生まれ。 科研製薬、ファイザー製薬に勤務後、ブリストルマイヤーズ製薬名古屋支店長、スミスクライン・ビーチャム製薬(現グラクソ・スミスクライン)取締役営業本部長を歴任。2001年に退職。 [治療経過] 1999年10月 直腸がん根治手術 転移性肝がん2カ所切除 2001年8月 胃がん亜全摘術 転移性肝がん2カ所切除 胆のう摘出 2002年4月...

詳細はこちら

がん患者の先端医療に寄せる熱い想いを伝えるために 混合診療解禁の旗振り役として奮闘する財界人・草刈隆郎

2005年1月

草刈 隆郎 くさかり たかお 1940年東京都生まれ。 64年慶応義塾大学経済学部卒業、日本郵船株式会社入社。 94年取締役になり、99年には社長に就任。 2004年4月より会長。 混合診療(保険診療と保険外診療の併用)の解禁は、がん患者の切なる願いだ。実現すれば、それぞれのニーズにあった先端治療を受けられるようになる。小泉首相も混合診療の禁止は最優先に排除すべき規制と断言している。しかし、...

詳細はこちら

40キロちょっとに痩せ細った体で抗がん剤治療に堪えた空白の6カ月 悪性リンパ腫から生還した青島幸男さん

2005年1月

あおしま ゆきお1932年、東京生まれ。高校時代に結核を患い、早稲田大学商学部を卒業後、同大学院に進むが、肋膜炎を患い中退。療養中に書いた漫才の台本がきっかけで放送作家としての活動を開始。68年参議院議員となり、4期の任期満了間際の95年に東京都知事に当選。1期をつとめ99年に退任した。2000年、作詞をした『明日があるさ』(リバイバル)が大ヒット。03年グリーンクリスマスソングとして作詞作曲した...

詳細はこちら

乳がんは私に小さな自信をくれた 夢を追いかける

2005年1月

シャワーをあびながら乳房のしこりを発見 私は泉あい。ジャーナリストになりたいという夢へ向かってバクシン中の38歳1カ月です。山口県出身、東京都在住。趣味は競走馬鑑賞。昼間は、派遣スタッフとして働き、夜は、病気のことや大好きな馬のことを書いて、ホームページを更新する毎日です。 乳がんの宣告を受けたのは、3年前の2001年でした。実は、その年は、結婚生活が破綻するという私にとって転機の年でした。主...

詳細はこちら

希望を持ち続けて憧れのパラリンピックへ 骨肉腫による右足切断を乗り越え、世界の舞台に挑む・佐藤真海さん

2005年1月

佐藤真海さん (会社員) 佐藤 真海 さとう まみ 1982年、宮城県気仙沼市生まれ。 早稲田大学商学部に在学中の2001年、右足首の骨肉腫が発病し、2002年4月、手術で右足を膝下から切断した。 退院し、大学に戻ってからは一時、精神的に落ち込んでいたが、水泳と陸上競技を始めることで克服。 2004年4月、サントリーに入社。 現在、スポーツフェローシップ推進部に在籍。 2004年9月に行われたアテ...

詳細はこちら

患者の視点を持った医師が語る「これだけは言いたい」

2005年1月

もし先生が私だったらこの治療法を選びますか  多くのがん患者が、初めてがんと知ったときから折りにふれ、担当医師に聞きたいと感じる質問がある。もし先生が私だったら、この治療法を選びますか? 治療のこの結果に満足しますか? 再発にどう備えますか? 先生だったら私のようにオロオロせず、力強くがんに立ち向かえますか? 立ち向かえるとしたら、なぜできるのか教えてください……。 それは、最良の治...

詳細はこちら

がんになっても前向きに

2004年12月

[福嶋佳寿子さんの闘病歴] 1993年 母のアルツハイマー型痴呆発症 1997年 離婚 2002年1月 母(85歳)逝去 2002年4月 母の死の直後、進行性の胃がんと告知される 2002年5月 国立病院で胃の全摘手術を受けるが、リンパ節転移がなく抗がん剤は行わず。現在半年に1回の検査を受けている 「がんになったけど、良かった」 こう言うと皆さんは負け惜しみと思われるで...

詳細はこちら

  • 会員ログイン
  • 新規会員登録

全記事サーチ   

キーワード
記事カテゴリー
  

注目の記事一覧

がんサポート6月 掲載記事更新!