2004年9月
会長の菅原東一さん岩手県からがん患者とその家族の思いを発信していくかたくりの会は、がん告知を受けた盛岡市の主婦(平成5年10月逝去)が、「限りある命を精一杯燃焼させたい」と会の設立を呼びかけ、平成4年7月に誕生しました。雪深い北国の春一番に顔を出す清楚なかたくりの花、厳しい冬の試練に絶え抜いて出てくる、小さいながらも力強い生命力のイメージから、患者会の名前を「かたくりの会」と名づけました。かたくり...
2004年9月
いながき こうぞう 平成3年、運輸会社の駐在員としてシンガポールに滞在中に直腸がんを発症。手術を受けオストメイトとなる。退職したのち、自身が体験したオストメイトを取り巻く環境の改善を求め、協会に入会。東京支部長を経て現在オストミー協会会長を務める。 たわら もえこ 大阪外国語大学卒。サンケイ新聞記者を経て1965年より評論家・エッセイストとして活躍。95年より群馬県赤城山...
2004年8月
代表の河野一子さんチャットやメンバー専用HPで会員間の親睦を深めるオンライン乳がん患者会「GT4」は2002年8月に設立されました。会員は全国に70名余り。GT4はGroup Touch Together Talk Togetherの頭文字から付けられ、患者同志がふれあい語り合い、お互いを支え合うための活動を続けています。会員相互の交流の手段として、インターネットを利用していることからオンライン患...
2004年8月
なかじま さなみ 昭和40年、長男の出産で子宮破裂をおこした際の輸血でC型肝炎に感染。その後、夫であり医師でもある故中島弘道氏の設立した「肝炎の会」の運営に関わり、現在は「東京肝臓友の会」会長を務める。本業はピアノ教師でもある。たわら もえこ 大阪外国語大学卒。サンケイ新聞記者を経て1965年より評論家・エッセイストとして活躍。95年より群馬県赤城山麓の「俵萠子美術館」館長。96年乳がんで右乳房切...
2004年7月
オーボエを演奏する病理医の堤寛さんとピアノをひく寺田さん患者と医療従事者が協力し発足1周年記念イベントを開催わかば会は、愛知県豊明市 にある藤田保健衛生大学病院、内分泌乳腺外科の乳がん患者会として、2003年3月に発足した。毎月第1土曜日の午前10時から12時まで、院内のレストランの一角をかりて、懇談会や医師たちを交えた勉強会を催している。会は12時で一応終了だが、そこでランチをとりながら、医師た...
2004年7月
まつばら けい 2000年に子宮がんの手術を受け、同年、患者なかまや協力者らとともに「あいあい」を立ち上げる。共著書に『なぜ婦人科にかかりにくいの?』(築地書館)、『子宮・卵巣がんと告げられたとき』(岩波書店)などがある。 おおたに かつこ 2001年に子宮頸部腺がんの2B期と診断される。治療法に迷い「あいあい」の電話相談を活用して、納得した治療を受けることができた。以来、患者会の必要性...
2004年6月
浜中 和子さん 50年広島生まれ。尾道市浜中皮ふ科クリニック院長。 医学博士。93年乳がんで乳房温存手術。同年乳がん患者会「のぞみの会」設立。03年中国新聞に「のぞみを胸に」連載。診療のかたわら乳がん患者支援活動、ホスピスケア活動に奔走している。尾道から乳がん検診の充実と乳房再建術の保険適用を求めて乳がん患者会「のぞみの会」が発足して10年半がたちました。この10年の間に医療をとりまく状況は大きく...
2004年6月
つやま あつこ グループ・ネクサス発起人の1人。業界紙記者、広告雑誌編集者等を経て結婚後、退職。99年に実母が悪性リンパ腫に。2001年ネクサス設立直後、夫に大腸がん3期が発覚。ネクサス医療フォーラム渉外担当のほか、会報の編集等に携わる。現在、悪性リンパ腫という疾患を広く知ってもらうためマスメディア等に向けて活動を広げている。 あまの しんすけ 1973年東京都生まれ。慶應義塾大学卒。2000年に...
2004年4月
顧問の松浦医師を中心に、親しみに満ちた毎月の定例会は、会員たちの心のよりどころとなっている 高知らしさを大切に、高知ならではの心の結びつきを育てたい1999年、ノストラダムスの大予言は、まさしく我が家に的中しました。高知恒例真夏の祭典、「よさこい祭り」の興奮未だ冷めやらぬ9月、22歳の娘が思いもよらぬ胃がんの宣告を受けたのです。「急いでください。時間がありません!」 の声に追いまくられるように手術...
2004年4月
かわむら ひろみ 32歳のとき、子宮頸がん1b期の診断を受け、広汎子宮全摘出術と両卵巣摘出、リンパ節を郭清する。術後の入院中から始まった、更年期障害などの術後後遺症などに悩まされながら、サポートグループの必要性を感じ、オレンジティを立ち上げる。 くどう ちかこ 乳がん歴8年目。オレンジティでは患者とその家族のサポートに重点をおき、ともに学んでいきたい、と語る。一人でも多くの患者の心の声を...