2004年3月
全国大会で見事な舞いを披露 する東京支部の大館さん 私の願い 俵萠子日本人にとって“温泉につかる。温泉でのんびりする”というのは格別の意味を持つ。何も悪いことをしたわけではないのに、私がそれから遠ざかってもう何年になるだろう。よし。それを、取り戻してみよう、と決意した。同じことを思っていた人が、こんなにたくさん居たとは……。痩せていることも、太っていることも、体に傷があることも、年とっていることも...
2004年3月
なかざわ いくこ 会員向けに年4回送付する『イデアフォー通信』の作成・編集・発行をしている通信担当世話人。事務所にて年4回(3・6・9・12月)行われている「再発おしゃべりサロン」開催も担当している。 みつのぶ まちこ イデアフォーへの連絡や取材への対応をしている渉外担当世話人。世話人6人が週替わりに自宅で(土・日・年末年始以外夜2時間)無料電話相談を行っているが、そのメンバーでもあ...
2004年2月
複数の世話人による合議制で運営する乳がん患者の会「乳房温存療法」を知っていますか?「乳がん」イコール「乳房切除」ではないのは、今や常識ですよね。乳房を切除しても、しこりだけをくりぬいても、生存率に変わりがないことは多くの臨床試験でとっくに証明されています。日本ではようやく2002年に、乳房温存療法が乳がん治療の40パーセントを越えましたが、イデアフォーが発足した1989年当時はわずか5パーセントで...
2004年2月
かわたけ ふみお NPO法人「ガンの患者学研究所」代表でもある。1990年、NHKのディレクターとして番組作りに携わっていた当時、人間ドックで腎臓がんの診断を受ける。93年にがんの自然退縮をテーマに「人間はなぜ治るのか」(教育テレビ)を制作、以来心のありかたからがんとの関係を考える運動を展開している。 たわら もえこ 大阪外国語大学卒。サンケイ新聞記者を経て1965年より評...
2004年1月
はしもと ひですけ 1938年生まれ。県立高等学校教諭を定年退職後、99~03年まで兵庫県立教育研究所「ひょうごっこ悩み相談センター」相談員。90年に肝臓がんの部分摘出、99年の肺多発転移による抗がん剤治療をはさんで、97年の胸壁転移、01年には肺多発転移を手術により摘出している。 たわら もえこ 大阪外国語大学卒。サンケイ新聞記者を経て1965年より評論家・エッセイストと...
2003年12月
沖原幸江さん 62年東京生まれ。99年独身会社員生活を謳歌している最中に偶然がんが発見され、右肺下葉切除。肺腺がん2A期。01年より東洋英和女学院大学で、比較宗教学、神話学、心理学などを勉強中。がん患者のセルフ ヘルプグループを多数サポート中。たくさんの「スモール・ミーティング」、そして「おしゃべり会」から37歳で肺がんの手術を受けてから1年間、私にはがん患者の友人はおろか、顔見知りすらいませんで...
2003年12月
うめだ ゆきお 1919年、東京生まれ。1954年、株式会社日本短波放送入社。1959年、株式会社協和企画(日本医師会広告代理店)を設立。1979年、胃がんのため胃を亜全摘。この手術体験から1982年、胃を切った人友の会「アルファ・クラブ」を結成、世話人代表となる。「私は胃を切った後遺症のスーパーマーケット」と自認する。たわら もえこ 大阪外国語大学卒。サンケイ新聞記者を経て1965年より評論家・...
2003年11月
くぬぎ けいこ 肝臓がんを患った夫の總さんとともに、1987年「生きがい療法実践会」の「がんに負けずにモンブラン登山」に参加。翌年、「どんぐりの会」設立。89年總さん他界の後、代表に選ばれ今日にいたる。 なかむら てつや 1995年、会社の健康診断ですい臓がんが発見される。ステージ4、余命6カ月との診断を受ける。手術以来、10数回におよぶ入退院を繰り返しながらも、社会人として活動を続ける。どんぐり...