うつ症状のスクリーニング 心のケア実現の第一歩
うつ症状をすくいあげるシステムの確立を
がんを告知された際に、心理的動揺のない人はいないだろう。しかし、その心理的、精神的な変化を「当たり前」としてやり過ごしてはいけない。きちんとしたケアに結びつければ、がん自体の治療効果も高まる。国は2014年にその発見を義務化する方針を示した。がん患者さん本人すら気づかない精神疾患を早期に発見しようという取り組みを紹介する。
患者側も医療者側も気づきにくい領域
精神的状態を判断するのは、本人にとっても、医療者にとっても難しい。元気がなくなる、口数が減る等々……。
「がんと告知されるとストレスがかかるので、それくらいの落ち込みは当たり前と考えてしまいがちです。しかし、精神的にケアが必要だと認識して、きちんと手当てをすればその苦痛を取り除けることが多いのです」
国立がん研究センター中央病院で精神腫瘍科に10年以上務める清水研さんは、ケア対象となる患者さんを見つけることが何より大切だと話す。時期的には、再発告知の段階で起こりやすく、女性に多くみられるという(図1)。
「患者さんもうつの状態にあることに気づかない。つらくても当然と思って、医療者に相談すれば何とかできるという考え方をしません。精神的な問題を相談することはハードルが高いのです。弱い人間と思われたくない。また、医療者側にも見つけられなかったり、指摘を躊躇してしまったりということがあり、双方に要因があると思います」
n=1,109
これまでの研究では、医師の認識不足が明らかになっている。患者と医師に「抑うつがあるかないか」のアンケートを取ったところ、患者が「抑うつが重い」と感じているのに、医師の87%が「軽い・なし」と思っていたことがわかった(表2)。
「患者さんが『重いうつ』と思っていても、医師の半数が『うつなし』と判断しているという結果でした。大きな問題です。QOL(生活の質)の低下にもつながるし、治療拒否や入院の長期化、さらには自殺リスクともなります。早い段階で精神的な症状を把握するにはスクリーニング(選別)が必要です」
精神面を含めた苦痛スクリーニングの義務化
2014年1月にがん診療連携拠点病院の指定要件が改訂された。その中に、「がん患者の身体的苦痛や精神的苦痛、社会的苦痛等のスクリーニングを診断時から外来および病棟で行うこと」が盛り込まれた。この中には精神的症状も含まれる。早期にうつやその前段階の適応障害を発見することが義務化されたわけだ。
「これまでの調査で、がん患者さんにおけるうつや適応障害は20%ほどに現れることがわかっています。しかし、実際に治療を受ける方はそれよりもとても少ない。私の所属する病院ではこの分野に他施設よりも力を入れている自負はありますが、それでも治療まで至るのは入院患者さんの3%くらいでした。見逃されている患者さんがいかに多いかということになります」
精神的な苦痛を積極的にスクリーニングすれば見つかるだろうという取り組みにつながった(図3)。
『つらさと支障の寒暖計』 回答負担の少ない評価軸
清水さんら医療者がスクリーニング法として開発したのが、「つらさと支障の寒暖計(Distress and Impact Thermometer)」(DIT)だ(図4)。2003年に発表した。
「主旨は、日常診療の中で使用できるように、患者さんへの負担も少なく医療者側の時間も取ることなく、うつや適応障害を発見しようというものです」
具体的な設計は、①質問数が少ない②精神保健の専門家でなくても結果の解釈が容易である③「精神的」「うつ」など抵抗を生みがちな言葉を使わない――などだ。
DITの所要時間は1~2分。質問は2つだ。「この1週間の気持ちのつらさを平均して、数字にマルをつけてください」「その気持ちのつらさのためにどの程度、日常生活に支障がありましたか?」
患者さんは、温度計を模した絵に描かれた0(ない)~10(最高にある)までの支障度をマークするだけだ。数字が大きいほどつらさや支障が大きいことを表す。
「大切なのは、設問そのものへの反応なので、質問者は返答に影響するような示唆をしないことです。つらさ、支障のいずれの点数もカットオフ値以上の場合にスクリーニング陽性と判断されます」
カットオフ値については、「適応障害、うつ病を発見するための値」はつらさの点数が4点以上かつ支障の点数が3点以上、「うつ病と適応障害を区別する値」がつらさ5点以上かつ支障4点以上、さらに「希死念慮をともなううつ病とそれ以外のうつ病を区別する値」がつらさ5点以上かつ支障5点以上とされている。