日常生活を見直すことで不眠解消につながることも
たかが不眠、されど不眠――がん患者の不眠からの解放
がん患者さんによく聞かれる、夜眠れないといった不眠の声。「眠れないくらいで医療者に相談していいものか」と、そのまま我慢している人は多い。しかし、「1人で抱え込まないで、医療者に相談して欲しい」――専門医はそうアドバイスする。ここでは薬物療法はもちろんのこと、自分でできる対処法についても紹介する。
病気を持つ人の5人に1人は不眠に悩んでいる
がんという病気には、心身両面で様々な付随症状が付きまとう。その中でも多くの患者を悩ませているのが睡眠障害、いわゆる不眠である。
「がん患者さんは、そうでない人たちに比べて不眠のリスクをより多く抱えています。がん告知や再発など、悪い知らせが原因で眠れなくなる人が少なくないし、痛みや発熱などの身体症状、さらに治療で用いる薬物が影響して不眠に陥るケースもある。がん患者さんの誰にでも起こる症状と考えたほうがいいでしょう」
こう語るのは、東京大学医学部附属病院心療内科科長の吉内一浩さん。
吉内さんによるとこれまでの研究で、がんをはじめとする身体的疾患を持つ患者の2~6割が不眠の悩みを訴えていることがわかっているという。数字に幅があるのは、うつ傾向など主症状が別にあるケースが多いことによる。ともあれ、病気を持つ人の少なくとも5人に1人は、不眠に悩まされているということになるのだ。
中には「たかが不眠」と軽く見る向きもあるかもしれない。しかし不眠が続くことで倦怠感、認知機能に影響を及ぼし、QOL(生活の質)などにも悪影響を及ぼすことが考えられる。では、不眠の悩みを克服するには、どんな手立てが考えられるのか。まずは不眠の原因から探っていくことにしよう。
様々なことが原因となって不眠をもたらす
私たちの体の働きはデリケートそのものだ。ほんのわずかな体の異変や心の動揺、それに環境の変化が、睡眠という休息の営みを妨げることがある。がん患者の場合も、こうした不眠の仕組みは変わらない。
「がん患者さんの不眠原因は、大きく分けると4つに分類されます。まず1つは、痛みや発熱、悪心、嘔吐などの身体面での要因。それに自宅から病院に、さらに病室が変わったことなどによる環境の変化も不眠につながることがある。もちろん、がん告知や再発の知らせなどでショックを受けたことが不眠につながる心の面からの要因も見逃せません。さらにがん患者さんの場合は、治療に用いる薬物の影響で不眠が起こることも少なくありません」(表1)
*睡眠時ミオクローヌス=睡眠中に自分の意志とは関係なく、手や脚の筋肉に瞬間的にけいれんが起きる
出典:谷向.薬事 55:2167,2013より引用、一部改変
個々の要因について少し詳しく見ておこう。
痛みや倦怠感など身体面での要因による不眠は、基本的にはがんの症状が進行するにつれて顕著になる。最近では緩和ケアの早期導入により、不眠の要因となり得る身体的症状が抑えられる傾向にあるが、それでもケアが導入の初期段階では、うまく症状がコントロールされないこともあるという。
また心の面からくる要因には、がんの症状や治療への不安だけでなく、家族などとの人間関係や仕事面などの葛藤も含まれる。さらに薬物の影響では、とくに血液がんの治療などに用いられるステロイドを含んだ治療薬が不眠につながることが多いという。
まずは不眠の原因を取り除く
では、このやっかいな状態から脱却するために、どんな手立てが講じられているのだろうか。当然ながら不眠解消の前提は原因を取り除くことにある。
「例えば病室が変わって眠れなくなったという人の場合には、可能な範囲でご自宅の物を持ってきていただくなどを考えます。またがん告知など、心理的なショックを受けた場合は、人によって様々ですが、大体2週間ほどで気持ちが整理され、絶望に近い状況から段々と希望を持ち始め、不眠も次第に解消されることが多いです」
薬物が原因の場合はどうするのか。
「その薬を中止することによるがん治療のデメリットと、不眠が解消されるメリットとの両方を考えなければなりません。結果的に、睡眠薬といったお薬を使うこともあります」
この場合、がん治療の医師との連携が重要になってくるという。
このように、不眠解消としてはその原因を取り除くことを考えるのはもちろんのこと、臨床現場では積極的な対処も行われている。それが先に出た睡眠薬などによる薬物療法と心のコンディションを整えるための心理療法だ。