不安、不眠、食欲不振などのうつ症状は、抗うつ薬で改善できる
もしかしたら、あなたもうつになっていませんか?
医歯学総合 研究科心療・緩和医療学分野 准教授の
松島英介さん
がんの患者さんの3~4割は、何らかのうつ症状を示しているといわれる。
もし「自分も?」と思い当たるなら、その気分は本当にただの落ち込みなのか、改めて振り返ってみたほうがいい。 なぜならうつは薬で治る病気であり、抗うつ薬は近年、劇的な進歩を遂げている分野だからだ。
そこで、がん治療におけるうつ症状の見分け方とさまざまな抗うつ薬の特徴について、専門家に話を聞いた。
がんのホルモン療法でも、うつ症状が起きる
「がんの治療期間中には、患者さんが大きなショックを受けたり、ストレスを感じる出来事が何度も起こります。代表的なのは最初の告知のとき、再発時、治療の打ち切りが告げられるときなど。意外に見落とされがちなのは退院時。家族にも『治ってよかったね』と喜ばれますが、ご本人は体調が元に戻っていないのに、仕事や家事に復帰しなくてはならず、大きなストレスを感じます」
と語るのは、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科准教授の松島英介さんだ。松島さんは、がん患者さんの精神的なケアを専門とする精神腫瘍医として、日々患者さんの心の悩みに向き合っている。
「こうした節目に限らず、今までできたことができなくなったり、体調が思わしくなかったり、治療に時間やお金を使わなければならなかったり、がんの患者さんは日常的にもストレスの多い状況に置かれています。
ですから、患者さんやご家族はもちろん、ときには医師までが『この状況なら落ち込んで当然』と考えがちですが、実際には落ち込みを通り越して、うつ病を発症している場合が少なくありません。軽く考えすぎては危険です」
がん患者さんのうつ病は、意外に気づきにくいのだ。そして、その中には、治療薬によってうつ病が起きている場合もある。ホルモン療法から起こるうつ病もそのひとつだ。
ホルモン療法の副作用からうつ状態に
ホルモン療法とは、乳がんや前ぜんりつせん立腺がんで行われる治療。たとえば、乳がんの中には、エストロゲン(女性ホルモン)ががん細胞にある鍵かぎあ穴なにくっつき、がんを増殖させる鍵になっているタイプがある。この場合、ニセの鍵で鍵穴をふさぎ、エストロゲンが働かないようにしたり、そもそもエストロゲンがつくられないようにするなどの方法で、がんの増殖を妨げることができる。これがホルモン療法だ。
女性ホルモンの働きを阻害するため、若い患者さんにホルモン薬を投与した場合、更年期障害のような症状が現れる場合が少なくない。更年期とは女性ホルモンの分泌がなくなり、生理が止まる時期だが、薬によって擬似的にこの時期に近い状態になるため、本来、更年期に出る体のトラブルが出てしまう。
代表的なのは、突然、体温調節ができなくなってほてりが出るホットフラッシュ、食欲不振や吐き気などの胃腸症状、そして、不眠やイライラ感などのうつ症状だ。前立腺がんのホルモン療法でも、男性にこうした症状が出ることがある。
不眠などのうつ症状が強く出て、そのままうつ病に移行する場合もあれば、吐き気、嘔吐などさまざまな副作用に苦しむうち、ストレスからうつ病を発症する場合もある。
2~3週間たっても改善しないときは要注意
第1相 (初期反応) | 疑惑あるいは否認、絶望 | 1週間以内 |
---|---|---|
第2相 (精神的動揺) | 不安、抑うつ気分、集中力低下、 食思不振、不眠、日常活動不能 | 1~2週 |
第3相 (適応) | 新しい情報に順応する 現実の問題に直面する 楽観的になろうとする さまざまな動きに取り組み始める | 2週~ |
[図2 がん患者における情報提供後の心理的反応]
[図3 がんの治療経過から見たうつ症状]
[図4 日常の「落ち込み」とうつ症状の違い]
日常の落ち込み | うつ症状 | |
---|---|---|
原因 | はっきりしている | はっきりしないことも |
仕事 | あまり影響を受けない | 影響を受ける |
日常生活 | それほど支障ない | 支障が出る |
環境の影響 | 良いことがあると 気が晴れる | 良いことがあっても 気が晴れない |
趣味 | 気が紛れる | やる気がしない |
思考 | 現実からずれない | 過度に偏る |
持続 | 徐々に軽くなる | 長く続く |
自殺 | まれ | 危険性あり |
抗うつ薬 | 効かない | よく効く |
「がん告知を受けるなど、現実に大きなショックを受けたり、不安を抱えたときにうつ症状が出ても、ほとんどの患者さんは2週間くらいをめどに、少しずつ気持ちが回復し、普段どおりに生活できるようになります。逆に、2~3週間たっても気持ちが一向に回復してこない場合、うつ病を疑ってほしいと思います」
と、松島さんは語る。気をつけなければならないのは、患者さん本人には自分がうつ病だということがわからないことが多いという点だ。医師や家族も一緒に注意深く見守る必要がある。
ちなみに、日常的な落ち込みとうつ病の見分け方としては、「原因がはっきりしている(はっきりしていない)」、「仕事にあまり影響を受けない(受ける)」、「いいことがあると気が晴れる(晴れない)」など、いくつかのチェック項目がある(図4)。最近は、国立がん研究センターによって、「つらさと支障の寒暖計」のように、患者さん自身が自分でうつかどうかを判断できる物差しも作成されている(図5)。「がんになったのだから、気が晴れなくて当然」と思わず、積極的に自分の状況を振り返り、治療を受けることが必要といえそうだ。
具体的には、何よりもまず主治医に相談する。地域のがん診療の中心として、がん対策基本法にも定められた「がん診療連携拠点病院」なら、必ず精神腫瘍医がいることになっているので、そちらに紹介してもらう。がんの治療薬とも直接関係があるので、医師には連携してもらうことが大切だ。