がんゲノム検査で治療選択肢が急激に増える! 治療標的になる遺伝子変異や融合遺伝子が多い甲状腺がん
語る清田尚臣さん
甲状腺がんは複数の組織型がありますが、それぞれが希少がんと位置づけられる状況にあります。そのため、臨床試験を行うことがむずかしく、標準治療は近年になって確立されたものの「そのあと」の治療選択が少ない状況が長く続いていました。
そこに新たな可能性をもたらしたのが「がんゲノム診療」です。甲状腺がんには治療の標的になるような遺伝子変異や融合遺伝子が多くみられるからです。甲状腺がん治療の現在と、がんゲノム治療の可能性について神戸大学医学部付属病院腫瘍センター特命准教授の清田尚臣さんに伺いました。
甲状腺がんとはどんな病気ですか?
甲状腺は、喉仏(のどぼとけ)のすぐ下の気管を取り囲むように位置する重さ16~20グラムの、蝶が羽を広げたような形の臓器で、甲状腺ホルモンを分泌しています。甲状腺ホルモンは基礎代謝を促進し、脳や骨の成長や脂質・糖の代謝を促し、カルシウム濃度調節に関わるホルモン(カルトシニン)を分泌する、甲状腺は小さいながらも人体の中で最大の内分泌腺で、大事な働きをしています(図1)。
甲状腺がんは、1年間に18,600人(2022年罹患者予測)の患者数の少ないがんですが、最近は日本だけでなく米国など世界的に増えています。
甲状腺がんは乳頭がん、濾胞がん、髄様がん、未分化がんに大きく分類されますが、とくに増えているのは乳頭がんです。乳頭がんの中でも早期の小さいものが見つかるようになり、罹患数が増えたとも言われています。しかし、早く見つけても死亡数は横ばいなので、早く見つければ良いのかはまだ結論が出ていません。
罹患者の男女比は、女性が男性の3倍弱ほどで、生存率は、他のがんに比べるととても良好です。例えば、乳頭がんでは10年生存率は90%程度とされていますので、悪性腫瘍ですが予後は良いと言えます。その一方、きわめて悪性度の高い未分化がんは、予後が極めて悪く、1年間元気で過ごすことがむずかしいことが多い悪性腫瘍です。
甲状腺がんの93%が乳頭がんで、リンパ節への転移も多く見られますが、進行はゆっくりで、予後がよいとされています。しかし、中には悪性度の高い未分化がんに変化するものもあるので、注意が必要です。
次に多いのが濾胞がん(5%)で、乳頭がんと比べるとリンパ節への転移は少ない一方、遠隔転移をしやすいことで知られています。10年生存割合は80%程度となっています。乳頭がんと濾胞がんはいずれも「分化型甲状腺がん」に分類されます。
髄様がん(1~2%)は、分化型甲状腺がんより進行が速く、リンパ節や肺などに転移を起こしやすいがんです。その中の30%程度が遺伝性という特徴があり、ほかの甲状腺がんとは分けて考えられています。
未分化がん(1%)は、進行が速く、甲状腺周辺の臓器(反回神経、気管、食道など)への浸潤や、遠隔転移を起こしやすい非常に悪性度の高いがんです(図2)。
薬物治療はどのようなものですか?/乳頭がん・濾胞がん(分化型甲状腺がん)
最も重要な治療は手術です。手術後、切除し切れなかったがん細胞や転移したがん細胞を攻撃するため、半年ないし1年に1度を目安に、「放射性ヨウ素内用療法」(RAI)を受けていただくことが多いです。
しかし、放射性ヨウ素を内服しても取り込みが見られなかったり、取り込みがあっても病気が進行したり、5、6回と行ってもがんが残っているなどの状況は、治療が効かなくなったと判断して「放射性ヨウ素治療不応」と呼びます。
放射性ヨウ素治療不応になったときには、ネクサバール(一般名ソラフェニブ)またはレンビマ(一般名レンバチニブ)の薬物治療を行います。いずれも多標的チロシンキナーゼ阻害薬と呼ばれる分子標的薬です。
ネクサバールもレンビマも血管新生に関わるVEGF受容体という分子をターゲットとしますが、PDGF受容体(血小板由来因子)、RET受容体(シグナル伝達系)なども阻害することが知られており、複数の臨床試験でRAI不応分化型甲状腺がんに対する有効性が確認されています。現在においても、ネクサバールとレンビマは、分化型甲状腺がんにとって非常に重要な薬です(表3)。
多標的ということはたくさんのターゲットに効いている一方、副作用に関しては不利に働いている可能性もあります。例えば、レンビマの「SELECT試験」を見ると、プラセボと比較して奏効割合は1.5%対64.8%、無増悪生存期間は3.6カ月対18.4カ月と非常によく効いています。
一方、有害事象を見ると、高血圧、タンパク尿、下痢、手足症候群などが出ており、腫瘍からの出血といった重篤なものもときにあります。患者さんの68%が減薬、82%が途中で休薬、副作用で治療中止14%います。よく効く薬ですが、副作用とうまく付き合っていくことが大切です。
その意味で重要なのは、治療開始の時期です。分化型甲状腺がんの場合、転移があっても元気で、日常生活動作(ADL)も落ちず、通常の生活を続けている方も多いのです。急いで薬物療法を開始し、副作用のために命に関わったり、体調を崩してしまっては治療の意味がなくなってしまいます。
ですから、「肺転移があるからすぐ治療しましょう」とは考えず、投薬開始の時期を慎重に見極めることが必要です。最新版のNCCNガイドラインにも「腫瘍の進行速度や症状の有無、患者の日常生活への影響なども考慮して判断すべきだ」と明記されています。
薬物治療はどのようなものですか?/髄様がん・未分化がん
髄様がんは、多くの場合が遺伝性と思われがちですが、遺伝性は30%ほどで、多発性内分泌腫瘍症(MEN)という遺伝性症候群の1つとして発症することがあります。70%は遺伝と関係なく、散発性といいます。一般的ながんと同じです。
原因となる遺伝子はどちらもRET遺伝子で、遺伝性は90%以上が生まれながらにRET遺伝子変異を持っています。散発性でも、生まれてから約50%にRET遺伝子に突然変異が起きて発症します。
髄様がんも最も重要な治療は手術で、再発したら時期を見て多標的キナーゼ阻害薬カプレルサ(一般名バンデタニブ)などを投与します。副作用は、皮疹、高血圧、心電図異常、光線過敏などそれなりにあります。
未分化がんは予後が非常に悪く、抗がん薬タキソール(一般名パクリタキセルなど)、アドリアシン(一般名ドキソルビシン)や、抗がん薬の多剤併用療法、多標的キナーゼ阻害薬など、さまざまな薬が試されてきましたが、生存期間中央値は半年以下がほとんどです。
日本では、小規模な臨床試験で示された良好な結果(生存期間中央値10.6カ月)に基づいて、レンビマ(一般名レンバチニブ)が使用できます。海外の臨床試験では同様の結果を示すことができず、海外では承認されていません。