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「過剰検査・過剰治療の抑制」と「薬物療法の進歩」 甲状腺がん治療で知っておきたい2つのこと

監修●杉谷 巌 日本医科大学大学院医学研究科内分泌外科学分野大学院教授
取材・文●柄川昭彦
発行:2023年8月
更新:2023年8月

  

「高リスクになりそうな甲状腺がんには、病理診断を行う段階で遺伝子検査を行うことが勧められます。現在はそのような仕組みがありませんが、今後の課題だろうと思います」と語る杉谷さん

甲状腺がんは、肺がんや胃がんといった他の固形がんとは、かなり異なる特徴をもっています。とくに小さくて転移や浸潤もない超低リスク乳頭がんの場合には、すぐに手術をせず経過観察する「非手術経過観察」も推奨されています。日本のガイドラインでは、2010年版で早くもこの方法が推奨されました。その後、世界的な議論となりましたが、現在では非手術経過観察の有用性が認められ、国際的にも標準治療の1つとされています。この点については、さらなる啓発が必要とされています。

また、甲状腺がんの中でも高リスクのがんに対しては薬物療法が進歩し、現在ではゲノム医療が取り入れられ、遺伝子変異に応じた分子標的薬が使われるようになっています。甲状腺がんに関するこうした2つのポイントについて、解説していただきました。

検査機器の進歩と検査機会の増加により増えている甲状腺がん

甲状腺がんは、内分泌器官である甲状腺に発生するがんです。組織型によって、「乳頭がん」「濾胞(ろほう)がん」「髄様(ずいよう)がん」「未分化がん」などに分類されています。

最も多いのが乳頭がんで、甲状腺がん全体の約90%を占めています。進行がゆっくりで、予後が良好なのが特徴です。ただ、ごく一部ですが、悪性度の高い未分化がんに変化するものもあります。

濾胞がんは全体の約5%を占めます。リンパ節への転移は起こりにくいのですが、遠隔転移することがあります。乳頭がんと濾胞がんを合わせて、「分化がん」と呼ぶこともあります。

髄様がんは全体の1~2%。乳頭がんや濾胞がんより進行が速く、リンパ節や肺に転移しやすいがんです。

未分化がんは全体の1~2%。進行が速く、甲状腺周囲の臓器に浸潤したり、遠隔転移を起こしたりします。非常に悪性度が高く、生存期間の中央値は3~5カ月とされています。

世界的に見ても、発見される甲状腺がんは増加しています。これは、環境要因などが影響して発生数が増えているというより、超音波検査などの画像検査の精度が向上したことと、頸部の検査を受ける機会が増えたことが影響しているようです。この点について、日本医科大学大学院医学研究科内分泌外科学分野大学院教授の杉谷巌さんは、次のように話しています。

「以前だったら、一生発見されないままだった甲状腺乳頭がんが、検査機器の進歩と検査機会の増加によって、見つかるようになったと考えられています」

早期発見・早期治療でも甲状腺がんの死亡数は減らない

韓国では、がん検診が無償化されたのをきっかけに、1999年頃から甲状腺がんの検診を受ける人が急に増加しました。それに伴って、甲状腺がんが発見される人が増えていきました。その大部分が乳頭がんでした。

ところが、たくさんの甲状腺がんが発見され、早期治療が行われたのにも関わらず、甲状腺がんによる死亡数はほとんど変化がなかったのです。

「乳頭がんを早期に発見して手術をすれば、手術後の生存率はきわめて良好です。しかし、一生懸命検診を行って早期のがんを見つけて治療しても、甲状腺がんによる死亡数は変わりませんでした。早期発見・早期治療が大切という常識は、甲状腺がんには当てはまらなかったのです。結局、韓国のケースは、過剰診断・過剰治療だったことがわかってきました」(図1)

日本が世界に先駆けて推奨した非手術経過観察

乳頭がんの中で、腫瘍の大きさが1㎝以下で、明らかな転移や周囲臓器への浸潤がないものを、超低リスク乳頭がんといいます。

超低リスク乳頭がんに対しては、すぐに手術を行わず、超音波検査で定期的に経過観察する「非手術経過観察」という方法を選択することもできます。手術をしなくても、大多数の腫瘍はほとんど進行しませんし、たとえ少し進行したとしても、その時点で手術を行えば、その後の再発や生命への悪影響はありません。

非手術経過観察は、すぐに手術した場合に比べ、まれに起こる手術合併症を回避できるため、身体的QOLは優れています。また、医療コストの面からも、非手術経過観察にはメリットがあると言えるでしょう。

「非手術経過観察は、日本の2010年版のガイドに載っています。日本が世界に先駆けて、非手術経過観察という方法を推奨したのです。がんに対して手術しない選択肢を示したのは、世界中のガイドラインの中で、これが初めてとされています。その後、世界中で喧々諤々の論争となりましたが、アメリカ甲状腺学会のガイドラインが、2015年版で非手術経過観察の方針を容認しました。だんだんエビデンス(科学的根拠)がそろってくることで、日本のガイドラインは、最新の2018年版で、エビデンスレベルを上げて非手術経過観察を推奨しています。2021年には、アメリカ甲状腺学会の雑誌に、非手術経過観察のやり方をガイドライン的にまとめた論文が載ったのですが、それが全世界的に高く評価されています」

超低リスク乳頭がんに対する非手術経過観察は、安全で妥当な診療方針であるということが、世界的に認められたと言えそうです。

2018年版の日本のガイドラインでは、甲状腺乳頭がんに対してリスク分類に基づくマネジメントが推奨されています。このリスク分類には、腫瘍の大きさ、リンパ節転移や浸潤の有無などが使われています(図2)。

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