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渡辺亨チームが医療サポートする:原発不明がん編

取材・文:林義人
(2006年6月)

  

サポート医師・安藤正志
サポート医師・安藤正志
国立がん研究センター中央病院
乳腺・腫瘍内科

あんどう まさし
国立がん研究センター中央病院乳腺・腫瘍内科
1965年生まれ。
89年名古屋市立大学医学部卒業。2001年より現職。
モットーは、「リスク・アンド・ベネフィットを考えた治療」。
患者さんに与えるリスクをよく考えて、できるだけベネフィット(利益)を大きく引き出せる医療を目指している

いくら検査をしても、がんの原発巣が見つからない

 牛山芳男さんの経過
2005年
4月11日

鎖骨の上のグリグリに気づく
4月18日 近所のクリニックで「炎症」と診断
4月25日 転医。検査開始
4月28日 細胞診の結果、がん細胞発見
4月30日 原発巣が見つからず、「原発不明がん」と診断

地方公務員の牛山芳男さん(53歳)は、首のリンパ節にしこりがあるのに気づいてかかりつけ医を受診したところ、「重大な病気かもしれない」と指摘された。

市内の病院に転院し診察を受けると、「がんの疑いが濃厚」と言われるが、いくら検査しても原発巣が見つからない。

とうとうがん専門病院を受診することになった。

腫れがあるのに、痛くも痒くもない

2005年4月11日、月曜日の朝、南関東のF市に住む同市職員の53歳の牛山芳男さん(仮名)は、いつもより少し目が覚めるのが遅れた。大慌てで妻の早苗さんが焼いてくれたトーストを頬張る。朝刊に目を通しながらネクタイを締めていたとき、指が結び目のわきの鎖骨の上あたりにグリグリに触れた。

「この腫れはなんだろう?」

不審に思ってあたりをさすってみると、首の側面にも同じようなしこりがあった。

「リンパ腺が腫れている。風邪を引いたかな?」

身長170センチ、体重60キロ前後とスリムな牛山さんは、ほとんど病気とは無縁だった。ただ、わりと風邪を引きやすく、扁桃腺が腫れることは珍しくなかった(*1首のリンパ節の腫れ)。

早苗さんに首筋や鎖骨のあたりをさわらせてみる。

「やだ、本当にグリグリしているわ。痛くないの?」

「ううん、全然」

「体には気をつけてよね。子どもたちはまだ2人とも大学生なんだから」

長男の文男さんは経済学部の4年生、長女の裕美さんは私立大学の文学部に合格し、入学が決まったばかり。妻の言葉にうなずいた。

しかし、1週間を経過しても、牛山さんの首の腫れは引かなかった。が、依然として痛みも熱もあるわけではない。

夕食のとき妻が「あの腫れはどうなったの?」と聞き、触る。

「まあ、全然治っていないわね。ちょっと大きくなってるわよ」

「なんだか気味が悪いな。明日の朝、中井先生のところに寄ってみるよ」

翌朝牛山さんは、ホームドクターの中井内科クリニックを訪れた。70歳近い中井院長は、「どうなさいましたか?」と簡単な問診をしたあと、牛山さんの訴える首筋と鎖骨の上の腫れを触る。

「炎症ですな。熱もないのだから、たいしたことはないでしょう。抗生物質を出しておきますから。すぐによくなると思いますよ」

リンパ節の腫れに悪性の疑い

クリニックを訪れて以来1週間経過したが、牛山さんはまだ首周辺のリンパ腺の腫れは引いていない。さらに、咳までするようになっていた。

「なんだかイヤな咳ね。具合が悪いんじゃないの?」

「いや、そうでもないけど、ちょっと胸が息苦しい感じがする」

早苗さんは夫の首を触ると、急に大きな声になった。

「まあ、全然良くなっていないわ。大きくなっている」

早苗さんの胸に一抹の不安が芽生えてきた。

「やっぱり中井先生じゃダメなんじゃないの? 悪い病気かもしれないわ。大きな病院へ行きなさいよ」

が、牛山さんはこの日も中井内科クリニックを訪れた。

「先生、抗生物質ではダメでした。咳も出るようになっている。女房が『よく診てもらえ』って言うんです」

中井院長はちょっと困った表情になりながら、突然こう言い出した。

「もしかしたら、これは悪性の病気の可能性があるかもしれません。そうなると精密検査が必要ですね」

妻から言われたときはあまり実感はなかったが、医師から改めて聞かされると、全身から冷汗が出てきた。

「すぐにあけぼの病院へ行って外科の城田先生に診てもらってください。紹介状を書きますからね」

牛山さんはクリニックを出るや、すぐにタクシーをつかまえた。F市でいちばん大きい病院へ向かう途中、携帯電話で職場に、「急に検査を受ける必要が出てきたので仕事を休みたい」と話した。

あけぼの病院の外科待合室では、15分くらい待ち、診察室の中へ呼ばれた。口ひげを生やしたがっしりした体つきの50歳前後の医師が紹介状に眼を通している。胸に「城田純一」のネームプレート。

「首のリンパ腺が腫れているそうですね?」

「ええ」と牛山さんがうなずくと、医師は「ちょっと拝見しますから」と、首筋と鎖骨あたりをさわった。

「ああ、検査をしないと詳しいことはいえませんが、これは悪性を疑ったほうがいいかもしれませんね。リンパ節腫大*2)といって、どこかにがんがあってそれが転移して腫れている可能性もあります。とくに左の鎖骨上のところのリンパ節の腫れが大きいようです(*3リンパ節の腫れと原発巣の部位)」

牛山さんは「やっぱり」とちょっと震え上がりそうになった。すると、中井医師から渡されたカルテのコピーに目を通していた城田医師が、「お咳も出るんですね?」と確認した。言われて牛山さんは急に息苦しさを感じた。

「ああ、やはりそうなんですね……。もしかすると肺転移の可能性も考えられますね。今日は胸のレントゲンをやりましょう。それから腫瘍マーカーを調べるために血液検査*4)をします。細胞診*5)のため、首の部分の細胞を採取しましょう。今日は準備をされていないでしょうから、明日は食事をしないで来ていただき、朝から検査をしたいと思います」

がんは見つかったが、原発が不明

4月25日と26日、牛山さんは朝からあけぼの病院で検査漬けだった。頭からお腹までのCT(*6CT検査)、バリウムを飲むレントゲン検査に内視鏡検査(*7バリウム検査)、ガリウムシンチ*8)などが延々と続いた。

28日、牛山さんは城田医師に検査結果を聞きに、あけぼの病院を訪れた。結果はショッキングなものだった。

「がん細胞が見つかりました。腺がん*9)という種類です。血液検査の結果、腫瘍マーカーのCEAとCA19-9の値も高くなっています。それから、レントゲンとCTで胸とお腹に大きな腫瘍が見つかりました」

[腫瘍マーカー]
図:腫瘍マーカー

ここまで聞いて牛山さんは、すっかりうろたえてしまった。ただ「大きな腫瘍が?」と聞き返すしかなかった。

「そうですね。胸の真ん中あたりと、お腹にゴルフボールくらいの腫瘍が3、4個あります。胸のほうは縦隔リンパ節という部分にがんが転移しているのだと思います。お腹のほうは肝臓の腫瘍でした」

「すると、肝臓がんですか?」

牛山さんはやっとの思いで城田医師の言うことに反応している。

「いえ、肝臓の腫瘍は原発ではなく転移でできた可能性が高いと思います。首のリンパ節からとった細胞から、肝臓から来たがんではないことがわかっています」

「元のがんはどこなのでしょうか?」

「それが病理組織を詳しく調べましたが、どこの臓器からがんが発生したかわかりませんでした。腺がんなので、胃がん、大腸がん、肺がん、膵臓がんなどが疑われますが、画像検査や内視鏡ではそれらの臓器にがんが見つかりません。どこかに原発があるはずですから、もっとくわしく調べたいと思います」

くる日もくる日も検査が行われることになったが、原発は見つからない。その間に城田医師は「PET検査*10)ならわかるかもしれない」と言って、PETを置いている施設を紹介された。牛山さんはこの検査でも新たに数万円の負担をしなければならなかったが、あけぼの病院の検査と同じように縦隔リンパ節や肝臓への転移巣は確認されたものの、原発巣はどこかわからなかった。

こうして、1カ月近い時間が流れていく。その間にも牛山さんのリンパ節の腫れは大きくなるばかりだった。

「先生、私は1度Y市がんセンターで検査を受けてみたいと思っているのですが……」

業を煮やした牛山さんがこう申し出たのは、5月30日のことだった。それを予想していたかのように、城田医師はこう話した。

「そうですねぇ。うちの病院も最新の診断設備は持っているので、かなり詳しい検査をできたはずですが、原発巣がわかりませんでした。PETでもわからないということになると、牛山さんはどうやら『原発不明がん*11)』というものかもしれませんね」

「えーっ? そんながんがあるのですか?」

牛山さんはこれまで聞いたことのない病名を聞かされてびっくりした。

「はい、この病院でもたまにいくら調べても原発巣のわからないがんが出ています。うちでも、肺がんだったら呼吸器外科で手術できるし、胃がんなら消化器外科で切除できますが、原発がわからないとなれば手の打ちようがありません。がん専門病院でもっと詳しい検査と専門的な治療を受けていただくのが、よいと思います。資料はすべてお出ししますので、がんセンターの腫瘍内科を受診してください」 城田医師から渡された紹介状を入れた大きな封筒は、厚さ3センチ以上にもなり、ずっしりとした手ごたえを感じる。それを抱えて家へ向かいながら、牛山さんは今度は急に行きどころのない怒りを覚え始めた。

「人をさんざん検査漬けにして、時間とカネを使わせておきながら、よくぬけぬけと『よその病院へ行け』と言えたものだな。最初からがんセンターに行けば、話は早かったかもしれないのに」

こんな思いが頭を巡る。しかし、今はそれが自分に突きつけられた現実だと認めるしかない。

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