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精神的苦痛から解放されるには

精神腫瘍科医の役割とメンタルケアの必要性

監修●小川朝生 国立がん研究センター東病院臨床開発センター精神腫瘍学開発分野分野長/精神腫瘍科長
取材・文●池内加寿子
発行:2015年1月
更新:2015年3月

  

「患者さんは遠慮なく、メンタルケアを求める声をあげてください」と話す小川朝生さん

がん患者さんには不安、苛立ち、孤独感などがつきまとい、ときにはQOL(生活の質)を低下させ、治療さえもできなくなることがある。こうした精神的苦痛は早期に対応することが大切だが、実際に治療を受ける患者さんは多くない。精神腫瘍科医を含む緩和ケアチームの対応と現状、課題について聞いた。

がん告知のショックから 通常は2週間程度で立ち直る

図1 がんに対するメンタル(精神)面での反応

山脇・内富,サイコオンコロジー,1997

がんと診断されると誰しも強いショックを受ける。
そのときのメンタル面での反応について、国立がん研究センター東病院精神腫瘍科長の小川朝生さんは次のように話す。

「がんと告知されると、皆さん強い衝撃を受け、『頭が真っ白になった』とか、『主治医の話を覚えていない』とか、『まさか自分ががんになるとは』などの反応を示します。さらに、様々な情動の変化が起こり、『仕事のストレスがかかったせいだ』『何も悪いことをしていないのに、なぜ自分だけがこんな目に遭うのか』といった否認や怒り、不安感や絶望感が生じることもあります。中には『診断をつけた医師が悪い』と病院に来なくなってしまう例もあります」

告知直後の心の揺れは、「がんに対する通常反応」と呼ばれるもので、急性のストレス反応の一種。普通はある程度の時間の経過とともに落ち着いてくるという(図1)。

「心が大きく揺れ動き、不安でいっぱいになっていても、人間には元来なんとか立て直して乗り越えていける力が備わっています。告知後、9割前後の方は、家族や医療者等のサポートを受けたり、治療についての情報を集めたりするうちに、大体2週間ぐらいで置かれている状況を受け止め、体験を再構成し、新たな目標を立てて治療に入っていきます。この間は、食べて寝るという通常の生活のペースを崩さず、安心感を持つことができる場所で過ごすことが大事です。ご家族はああしろ、こうしろとあれこれアドバイスをするのではなく、患者さんのそばに寄り添い、共感しながら話を聴いて患者さんの気持ちを受け入れる(傾聴する)ことが重要です」

病状や治療に対する不安を抱えながらも、大部分の患者さんは治療を受けるべく心の準備を整えていく。「ところが、不安で眠れない、仕事や家事も手につかない、という状態が長く続くうつ病や適応障害の方が1割前後出てきます」

『憂うつな気分が1日中続く』『今まで楽しめたことが楽しめなくなる』などの状態が2週間以上続く場合は、うつ病の可能性がある。適応障害とはうつ病の手前の状態で、うつ病の条件すべては満たしていないものの、日常生活が送れなくなる状態をいう。せん妄は、時間や場所がわからなくなる見当識障害や、幻視が現れたりする精神疾患だ。

「これらの場合、患者さん本人がつらいのはもちろん、治療が継続できなくなったり、うつ病なら自殺の原因となることがありますから、精神腫瘍科医(後述)や精神科医、心療内科医等、心の専門家による適切なケアを受けることが大切です」

不眠、だるさなど、体の不調も メンタル赤信号のサイン

患者さんは、がんの告知直後だけでなく、がん闘病中のあらゆる時期で精神的心理的苦痛や不調をかかえやすい。

「がんの患者さんからの困りごと相談の中でも多いのが、不眠や倦怠感です(表2)。不眠というと簡単に考えがちですが、不眠やだるさは心の不調やうつ病の入り口でもありますから、原因がどこにあるのかを見極めて、適切な対応をする必要があります」

表2 患者の関心と専門的支援のニーズ

Loscalzo, et al:Oncology 2007

治療中や再発後も、平均するとうつ病は5%前後、適応障害は15%前後、せん妄は15%前後、認知症は10%前後の割合でみられる。うつ病や適応障害は、落ち込みや不安感など気分の問題だけではなく、体の症状を伴うことが多いという。

「うつ病というと、暗い表情でしょんぼりする、泣いている、不安そうな顔をするなどと誤解されていますが、実は、体のだるさや億劫感、眠れない、食べられないという症状からうつ病や適応障害がわかることが圧倒的に多いのです」

うつ病の患者さんが自ら「落ち込んでいる」と話すことは少ないそうだ。その理由は「病院は体の問題を相談するところで、気持ちの問題を話してはいけない、話しても仕方がない」と思い込んでいる面があるからだ。また、うつ病特有の強い自責感から、周囲の人に迷惑をかけることを恐れたり、治療が継続できなくなることを懸念して、気持ちの問題を話せない面もあるという。

患者さんの困りごと相談の中には、治療法や医師とのコミュニケーションについて、他の患者さんはどのように解決しているのか知りたいというニーズも多い。それらの相談から、患者さんが孤立し、主治医とのコミュニケーションがうまくとれずに悩む姿が見え隠れする。主治医とのコミュニケーション不足で、治療のプロセスや今後の見通しがわからず、不安に陥る人も少なくない。

「体調が悪化したときの対応や、熱が出た場合、何度で何時間続いたら病院に連絡したらよいのかなど、情報不足が不安につながるケースもしばしばあります。このような不安に対しては、主治医との関係を改善できるように上手な質問の仕方をアドバイスしたり、治療についての適切な情報提供をするなどの対応が求められます」

患者さんを支える家族もまた、専門的なケアが必要になるケースもある(図3)。

「家族からは、患者さんにどう声をかけたらいいかわからない、子どもにどう伝えたらいいか、という相談も多く寄せられます。ご家族への支援も欠かせません」

図3 患者と介護者の精神症状

Vanderwerker,et al.,JCO 2005

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