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がん治療薬との相互作用にも注意!うつ病、せん妄、不眠の薬物療法の進め方
がん患者さんに現れることのある心の病としては、うつ病、せん妄、不眠などがあげられる。通常の治療と異なり、がん治療という疾患があるが故に、薬物治療を行う際には、抗がん薬などとの相互作用に注意が必要だ。
がん治療における向精神薬の使われ方
がんの治療では色々な種類の薬が用いられ、場合によっては、精神科領域の薬剤が処方されることがある。もちろん、患者さんの精神症状をおさめるために使われることもあるが、必ずしもそうとは限らない。
がん研有明病院緩和治療科副医長の佐伯吉規さんによれば、「自分は精神疾患ではないのに、どうしてこんな薬が処方されるのだろう?」と、患者さんが訴えられることもしばしばみられるのだという。
「精神科領域で使われる薬剤は向精神薬と総称され、抗うつ薬、抗精神病薬、抗不安薬、睡眠薬などに分類されています(表1)。ただ、これは便宜的な分類に過ぎず、例えば抗精神病薬といっても、精神疾患の治療にだけ使われているわけではないのです」
例えば抗精神病薬の1つである*ジプレキサは、吐き気に対する優れた作用を持つことがわかっており、オピオイドや抗がん薬治療の副作用で吐き気がひどいときに使われることがある。また一部の抗うつ薬は、痛みの神経の働きを抑制することに貢献し、がんの疼痛治療に使われることがある。
「精神疾患でなくても抗精神病薬が使われることはあるし、うつ病でなくても抗うつ薬が使われることがある、ということです。そういうものだと知っていれば、患者さんも驚かずにすむでしょう。どうしてこの薬が処方されているのかわからないという場合は、遠慮なく医師に説明を求めて下さい」
*ジプレキサ=一般名オランザピン
うつ病は「脳の病気」なので薬による治療が効果的
がん患者さんが心の病のケアを必要とすることがあるが、その1つにうつ病がある。
「がんの病名告知を受けたり、がんの治療があまり効いていないとわかったときには、誰だって気分が落ち込みます。うつ病の有病率は、一般的には2%前後といわれていますが、がん患者さんに限ると5%前後まで高くなります。また、うつ病ほど重くはないけれど、心の落ち込みがあって、社会生活に支障をきたす適応障害の人も含めると、約40%のがん患者さんが気持ちのつらさを抱えていることになります」
このような気分の落ち込みが起きるのは、心が弱いからだと考える人が多い。しかし、実際はそうではないのである(図2)。
「うつ病は心の病気というより、脳の病気と考えたほうが気が楽になります。あくまでも仮説ではありますが、うつ病は脳の中のセロトニンやノルアドレナリンという神経伝達物質が少なくなることで起こると考えられています。セロトニンやノルアドレナリンは意欲を高めたり、元気を出させる物質ですから、これが少なくなることでうつ症状が現れると考えられているのです」
がんの患者さんにうつ病が多いのは、「がんになった」という悪い知らせを聞いたことによる心理的な要因だけが原因ではなく、がんであること自体が原因になっている可能性もあるという。すなわち、がんになることで、生物学的に脳内におけるセロトニンやノルアドレナリンが分泌されにくくなるのではないかという説もあるのだ。
心が弱いのではなく、脳の中で起きている変化が気持ちのつらさの原因なのだから、治療にはセロトニン、ノルアドレナリンを増やす薬が使われることになる。それが抗うつ薬である。
「うつ病の治療において薬物療法は重要です。最近の研究では、抗うつ薬を使用しなかった人よりも、使用した人のほうが治りの良いことがわかっています」
抗うつ薬は他の薬との相互作用を考えて選ぶ
抗うつ薬にはいくつかの種類がある。三環系抗うつ薬と四環系抗うつ薬は古くからある薬だが、最近では*SSRI、*SNRI、*NaSSAといった新規抗うつ薬も使われ始めている。
「がんの患者さんが抗うつ薬を用いる場合、注意しなければならないのは薬の相互作用です。抗がん薬に限らず、色々な薬を使用していることががん患者さんでは多いので、相互作用によって思わぬ影響が現れることが考えられます。とくにSSRIとSNRIの1つである*サインバルタには、他の薬の分解を邪魔する作用があるので注意が必要です(表3)。毒性の強い抗がん薬を使用している患者さんに使用すると、抗がん薬の血中濃度を上げてしまい、副作用を増強してしまう危険性があります」
相互作用をもたらす薬の組み合わせも、いくつか分かっているという。
「例えば*デプロメールと*ルボックスといった薬剤は、*エンドキサンや*イホマイド、*タキソテール、*タキソールなど、がん治療で使われるいくつかの薬剤の血中濃度を上げてしまうという報告があります。また*パキシルは、乳がんのホルモン療法で使われる*ノルバデックスという薬の働きを阻害する作用を持っています。ノルバデックスの成分であるタモキシフェンは、エンドキシフェンという物質に変化することで効果を発揮するのですが、パキシルはその変化を邪魔してしまうのです」
相互作用の影響が比較的小さいのは、SSRIの中では*レクサプロや*ジェイゾロフトといった薬剤であり、NaSSAと称される*リフレックスや*レメロンは、眠気が出るという副作用はあるが、他の薬の血中濃度を上げる心配は少ない。そのため、がんの患者さんのうつ病治療では、これらの抗うつ薬が比較的選択されるようだ。三環系、四環系抗うつ薬も薬物相互作用が比較的少ないが、起立性低血圧や喉の渇き、便秘などの別の副作用があるため、処方においては習熟した精神科医による判断が必要になる。
「がんの治療を受けている人が、精神科や心療内科を受診する場合、一部の抗うつ薬による抗がん薬への影響を受けないようにするため、がん治療でどのような薬を使っているかを医師に伝えて下さい」
*SSRI=選択的セロトニン再取り込み阻害薬 *SNRI=セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬 *NaSSA=ノルアドレナリン作動性・特異的セロトニン作動性薬 *サインバルタ=一般名デュロキセチン *デプロメール、ルボックス=一般名フルボキサミン *エンドキサン=一般名シクロホスファミド *イホマイド=一般名イホスファミド *タキソテール=一般名ドセタキセル *タキソール=一般名パクリタキセル *パキシル=一般名パロキセチン *ノルバデックス=一般名タモキシフェン *レクサプロ=一般名エスシタロプラム *ジェイゾロフト=一般名セルトラリン *リフレックス、レメロン=一般名ミルタザピン