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薬物療法とカウンセリングで治療成績も向上
QOLを低下させる心の病。早期治療で改善を

監修:清水研 国立がん研究センター中央病院緩和医療科・精神腫瘍科副科長
取材・文:常蔭純一
発行:2012年7月
更新:2013年8月

  

清水研さん 「心の問題を解決することで
QOLが向上します」と話す
清水研さん

がんという病気の問題の1つに、精神面への影響が挙げられる。患者さんの不安はやがて、適応障害やうつ病として、心を蝕む。
そんな心の病だが、抑えることで患者さんのQOLは大きく向上するという。

肉体的な苦痛より多い精神的な苦痛

がんという病気の問題の1つに、その人の精神面への影響が挙げられる。

がんになると誰もが心に大きなダメージを受け、気持ちの落ち込みを余儀なくされる。

「一般的にがんになると身体面での苦痛の他に、不安や恐れにともなう精神的苦痛、仕事や人間関係などに関する社会的苦痛、そして生きがいややりがいを失うことによる精神的苦痛と、4つの苦痛に苛まれるといわれています。そのなかでもっとも多くの患者さんを苦しめているのが精神的な苦痛です。静岡がんセンターの調査では、身体的苦痛よりも精神的苦痛を訴える患者さんのほうが多かったという結果も出ています。そして状況によってはそれが適応障害、うつ病、さらにせん妄などの症状、病気に発展することもあるのです」

こう語るのは、国立がん研究センター精神腫瘍科の清水研さんである。

[図1 強い心の苦痛を抱えている人の割合]
図1 強い心の苦痛を抱えている人の割合

がん種によって不安を抱え、適応障害やうつ病と診断される人の割合には違いはあるが、がんを患うことで心の病を患う人は多い

例えば国立がん研究センターが乳がん患者さんを対象にした調査では、初発の場合で約20%、再発になると40%を上回る患者さんが、適応障害、うつ病の症状を訴えていたという(図1)。

後で詳しく述べるが適応障害というのは、ごく大ざっぱにいうと、うつ病の前段階で心の落ち込みによって日々の暮らしに支障が現われている状態と考えればいいだろう。

こうした心の症状、病気はときには治癒が難しく、またうつ病の症状が悪化した場合には、強い自損衝動に駆られることもある。心の症状に対するカウンセリングや薬物療法が有効であることはいくつもの臨床試験で科学的に証明されているので、精神腫瘍科で治療することで、患者さんのQOL(生活の質)が良くなり、がん治療に取り組もうとする意欲も回復すると清水さんは話す。

がん告知以前にも不安、恐れが

実は、がんにともなう不安や恐れは、がんの告知前から生じる。例えば、健康診断やがん検診などで、担当医から「要精査」と告げられれば、それだけで、心は揺れ動く。それも症状の1つだ。

その後、がんが見つかり、医師から告知を受けると、それまでの漠然とした不安は大きなショックとなる。

最初におとずれる不安は「死の恐れ」だ。さらに、実際のがん治療が始まると、より具体的な不安が患者さんを襲うと清水さんは言う。

「たとえば乳がん患者さんで手術を余儀なくされる場合には、乳房を失うことへの喪失感。抗がん剤治療の場合であれば、吐き気やしびれ、脱毛などの副作用に対する不安が生じるようになります」

こうした不安は痛みなどの症状をさらに増幅させることも少なくない。さらに症状の悪化によって、心の落ち込みをいっそう募らせることもある。

心の振り子が作動せず適応障害、うつに

[図2 がんが心に与える影響]
図2 がんが心に与える影響

ただし多くの場合は、初発の告知、再発告知などのネガティブイベントから2週間ほどで、現実との折り合いがつけられるという(図2)。

「人間の心には振り子のようにバランスを保つ働きが備わっています。とことんまで落ち込むと、いつまでもクヨクヨしていても仕方ないと、自然に開き直って落ち着きを取り戻すことができるのです」

ところが人によっては、その「心の振り子」が、うまく作動しないこともある。

「がんの症状や副作用の悪化、人間関係での問題などマイナス要因が生じた場合や、性格面で弱さを抱えている人の場合には、うまく開き直ることができず、逆に落ち込みが激しくなっていくこともあるのです」

それが適応障害やうつ病などの心の症状、病気につながっていくわけだ。

意欲低下、食欲不振は要注意

[図3 うつ病の診断基準]
図3 うつ病の診断基準

これらの項目のうち5項目以上が該当し、なおかつそれらが2週間以上、継続している状態をうつ病という

では、がん患者の多くを苛む適応障害、うつ病、そしてせん妄とはじっさいにどんな状態を指しているのだろうか。うつ病については、すでに世界共通の基準が設けられている。

人間は誰しもストレスを受け、抑うつ状態になると、さまざまな精神、身体状態が現われる。

具体的には「気分が落ち込む抑うつ気分」「睡眠障害」「食欲低下」「思考・集中力の低下」「だるい、気力がわかない倦怠感」「死んだほうがましだと思う希死念慮」「わけもなくイライラが募る焦燥感・制止」「自分は価値がないと思う自責感」「物事に興味が持てなくなる意欲・興味の低下」といった各症状だ(図3)。

うつ病とはこれらの症状のなかで5項目以上が該当し、なおかつそれらが2週間以上、継続している状態を指す。

適応障害はこれらの症状を自覚しているものの、うつ病までには至らない状態だ。落ち込みが続くなかで症状も拡大し、適応障害からうつ病へと移行していくこともあるという。

適応障害でも「睡眠障害」や「食欲不振」を自覚している場合は、とくに注意が必要だ。これらの症状は体力の低下につながりやすく、それがさらに心の症状の重篤化につながっていく危険が大きいからだ。

さらにもう1つ、せん妄とは身体症状の悪化に伴い、精神機能も混乱し、幻覚や幻聴が現われる場合を指している。「高熱が生じたときの夢うつつの状態を想像すればいいでしょう。末期がんなどがんによって身体状態が極端に衰えている場合、また鎮痛剤を多量に用いた場合にも、せん妄が起こることがあります」

と清水さんは話す。

では医療現場では、こうした危険にどのように向かい合っているのだろうか。

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