がんになったことを契機に、新たな人生を拓く
腫瘍精神科医・丸田俊彦さんによるがんのグループ・カウンセリング

取材・文:常蔭純一
発行:2009年12月
更新:2013年4月

  

丸田俊彦さん メイヨークリニック医科大学
精神神経科名誉教授の
丸田俊彦さん

がんになると、誰しも心が揺れ動く。病気や治療に対する恐れとともに、それまでは意識することのなかったさまざまな不安、不満が湧き上がることも少なくない。そんながん患者を、新たな視点からサポートするグループ・カウンセリングが現れた。
新たな自己を発見することで、幸福な生き方を実現するカウンセリングの手法とは――。

自分にとっての幸福を発見するカウンセリング

写真:がん体験者であり、グループ・カウンセリング参加者が講師となったハンドワークセラピー

がん体験者であり、グループ・カウンセリング参加者が講師となったハンドワークセラピー

それまで順調にすすんできた人生が頓挫を余儀なくされ、それと同時に、それまではまったく意識することのなかった自らの生き方についても漠とした不安や不満が湧き上がる――がんという病気になると、そんな心の揺れに苦しむことが少なくない。

そんな心の葛藤、迷いを抱えたがん患者を対象にした心理サポートが誕生した。がん患者支援団体キャンサーリボンズの副理事長、岡山慶子さんが米国メイヨークリニック医科大学精神科で30年以上にわたって精神療法に取り組んできた同科名誉教授の丸田俊彦さんとの出会いがきっかけとなり、キャンサーリボンズが展開するしんゆりリボンズハウスで今年9月から「グループ・カウンセリング」を不定期で開催している。

「米国は専門のカウンセラーを中心としたグループ・カウンセリングが、がん治療の一環として定着しています。一方、日本は患者さん同士のグループの話し合いの場はあっても、専門家が介入するグループ・カウンセリングはまだ始まったばかりです。メイヨークリニックでの腫瘍精神科医としてのキャリアと精神分析の手法にもとづいて行われる、このカウンセリングは画期的な試みといえるでしょうね」(岡山さん)

カウンセリングを行う丸田さんは、このカウンセリングの意義についてこう語る。

「患者さんが抱える課題は、その人固有のものであるように見えて、実は根底の部分では他の患者さんの課題にも共通することが少なくありません。ある人の問題を何人もの人たちが話し合うことで、さまざまな角度からその課題が掘り下げられ、克服のための方法が模索されます。その過程で対象になった人も、意見を出していた人も、自らの人生をより健全な視点から見直すことができるのです」

じっさい、カウンセリングではどんな課題が提出され、どのように克服されていくのだろうか。

カウンセリングを介して夫との関係を再構築する

写真:グループ・カウンセリング終了後に自らフラワーアレンジメントの講師を申し出たケースもある

グループ・カウンセリング終了後に自らフラワーアレンジメントの講師を申し出たケースもある

Aさんは30代はじめに結婚、40代になった数カ月前に乳がんが見つかった。2人の間に子どもはなく、それぞれ異なるビジネスで成功しており、互いに干渉しあうことはほとんどなかった。それがAさんにとっては理想の生き方のように思えていたという。しかし、がんが見つかった後、それまでは意識することのなかったわだかまりが、じわじわとAさんを苛むようになった。

「Aさんはがん治療を受けるための病院を1人で決め、当然のように夫に対して手術の立ち会いも求めませんでした。しかしながら、Aさんは夫との関係に疑問と不満を感じるようになったのです」(丸田さん)

しかし、数回目のグループ・カウンセリングでAさんは夫との関係について新たな視点を発見する。きっかけは、丸田さんの「折り合いをつけたいと思っているのですね」というひとことだった。心の琴線を揺さぶるその言葉に、Aさんは新たな角度から夫婦関係を見直すようになる。自分が感じた夫の冷たさは、実は自分が夫を拒絶していたことに起因していたと考えるようになったのだ。その後も、グループ・カウンセリングを重ねるごとにAさんは変化を続けていった。

「Aさん宅ではAさんが仕事で帰りが遅くなったとき、きまって電灯が煌々とつけられていたそうです。それをAさんは夫のだらしなさと考えていましたが、実は自分を待ってくれる夫の優しさと考えられるようになったのです」(丸田さん)

そうしてAさんは夫との関係を再構築し、互いのきずなを深め合っていったという。

人間は誰でも心の奥深い部分で幸福を望んでいる

丸田さんはこうしたグループ・カウンセリングによる効用は、きわめて普遍性をもっているという。

「人間は、誰でも心の奥深い部分では幸福になりたいと願っています。ただ現実には、心の表層にあるさまざまな課題がその実現を阻んでいるのです。カウンセリングとは、自らの人生を見直すことでその課題を克服する作業を指しています。そのことを考えると、誰もがその恩恵に預かれるでしょう」

岡山さんは何回目かのグループ・カウンセリングに参加した、ある女性の言葉が忘れられないという。

「がんになったことは不運だったけれど、がんになって獲得できた夫や子どもとの関係は何があっても手放したくないとおっしゃっていました。がんになっても、生き方を見直すことで幸福になれることを端的に物語っている言葉です。生き方を変える――言葉にすると簡単ですが、じっさいはことのほか難しい。しかし、このグループ・カウンセリングが誰にもある健康な部分、肯定的な部分、素直な気持ちが回を追って拡大し、1人ひとりの人間の深みで、何かが起こっていることを実感しました」

キャンサーリボンズが試みる、このグループカウンセリングががん患者さんたちの大きな助けとなることは間違いなさそうだ。

写真:グループ・カウンセリングに参加した小川さん(左)と高城さん(右)
グループ・カウンセリングに参加した小川さん(左)と高城さん(右)


自分に素直になれるようになった

小川育子さん(乳がん)

がんになった後、私は自分の世界に引きこもり続けていました。でもこのままでは……と思い、思い切ってグループ・カウンセリングに参加したのです。

カウンリングの場で自分について話し、人の話を聞くうちにそれまで自分が不自然な生き方をしていたことに気づかされました。無理をして人に話を合わせ、心の中では反対していてもNOがいえなかった。

でも、カウンセリングを重ねていくうちに、もっと自分に素直に生きていきたいと思うようになったのです。

そうして自分を発見すると、夫をはじめ周囲の人たちに対する見方も変わってきました。たとえば、私はそれまで人に甘えることができませんでした。でも甘えるべきときには、そうすればいい。そして、実は周囲の人たちもそれを望んでいることが発見できたのです。そうして自分が変わると、それまでは重いグレーだった世界が明るいオレンジ色に変わってきたように感じます。これからも自分に素直に、自分が気持ちよくなれるように生きていきたいですね。


執着がなくなり、自分を大切にできるようになった

高城智子さん(乳がん)

私は8回、グループ・カウンセリングを受けていますが、その2回目で「どうしてグループで話し合う必要があるの」と、丸田先生に問いかけました。

そのときは、1対1のカウンセリングとの違いがよくわかっていなかったのです。

でも、回を重ねるうちに、グループで話し合う大切さが実感できるようになりました。とにかく、自分の思っていることを人にぶつけてみる。そのことでその人との間にかかわりを持つことができ、その人を、そして自分を深く知ることができるようになるんです。

そうしてカウンセリングを続けているうちに、いろんな自分を発見できるようになりました。

と同時に、ものの見方も変わってきました。ものごとに対してこだわりや執着がなくなり、無理をしないようになったのです。以前なら、きついことでも無理にこなしていたけれど、今はできないことはできないといえるようになりました。それだけ、自分を大切にできるようになったと思っています。


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