第3回 進行・再発乳がん国際コンセンサス会議に参加して 進行・再発乳がんを取り巻く状況と今後の展望
/昭和大学病院乳腺外科の
三輪教子さん
治療法の進歩によって、進行・再発乳がん(以下mBC)の予後は大きく改善されてきました。例えば、再発後の5年生存率は、1970年代の約10%から2000年には50%近くとなっています 1)。
しかし、現在でも早期乳がん(以下eBC)の20~30%が再発し、mBCの10年以上の長期生存はいまだに5%程度に留まっています。mBC患者は今後も増加が予想され、mBCとともに生きる時代となってきたことから、さらなる治療法の改善とともに、より患者本位の治療とケアが必要となってきています。にもかかわらず、長らくmBCを対象とした国際コンセンサス会議は持たれていませんでした。
こうした背景から、2011年に世界初のmBC対象の*国際コンセンサス会議が開かれました。筆者はmBC診療医として、また一患者として、初回からすべての「進行・再発乳がん国際コンセンサス(ABC)会議」に参加してきました(これまでの報告 2))。
ここでは、ABC会議の紹介とともに、*Patient Advocacy Programによる調査結果を交えて、mBCをめぐる状況と展望について報告します 3)。
1)米国MDアンダーソンがんセンターの報告、Cancer, 100(1), 2004
2)海外取材報告 in ポルトガル2013 海外取材報告 in ポルトガル2011
3)調査報告からの引用は特に記さない限りすべて、Global Status of Advanced / Metastatic Breast Cancer 2005-2015 Decade Report から(14か国、約14,000人を対象)
*第3回進行・再発乳がん国際コンセンサス会議 “Advanced Breast Cancer 3rd International Consensus Conference”:2015年11月5日~7日、ポルトガル・リスボンで開催。同会議は2011年より隔年で開催
*国際コンセンサス会議:共通理解を得るための国際的な会合。この場合は、治療法そのほかのガイドラインや今後の重視すべき課題をテーマにしている
*Patient Advocacy Program:「患者が求めていること」を明らかにし、今後に反映するため、ABCは様々な調査や研究を継続している
ABC会議開催の背景 より心理社会的なサポートを必要とする
第1回ABC開催に先駆けて、患者が何を求めているのか、2つのグループ(mBC Advocacy Working GroupおよびBRIDGE Survey)がプレ調査を実施しました。共通する結果として、情報・資源・サポートサービスへのより良いアクセス、臨床試験への参加、心理社会的サポートをmBC患者は求めており、mBC患者の罪悪感、見捨てられ感、孤立感、寂しさが報告されています 4)。
これらの結果から、mBC患者にはeBC患者とは異なるニーズがあり、より心理社会的サポートが必要であることが垣間見られました。
この調査結果から、ABC会議のあり方が、以下のように明確にされました。
1)ABC会議は世界で初めて患者を国際的コンセンサス会議のパネリストに入れることになった。3回目の今年は、パネリスト44人のうち6人が患者であった。
2)ABC会議はPatient Advocacy Programが1つの大きな軸であり、mBC患者の要求を明確にして、ガイドラインに反映させることを目的としている。
さらに、予想以上に一般社会のmBCへの偏見や誤解が大きく、それがmBCの療養環境を悪化させ、QOL(生活の質)に大きく影響しているため、今後mBCのPatient Advocacy Working Groupが協力して社会環境の改善、mBC患者のサポートを行っていくことが大きな課題として提案されました。
4)The Breast, 18, 271-272(2009)
ABC会議の紹介 エビデンスに基づいたガイドラインの作成が大前提
ABC会議においては、エビデンス(科学的根拠)に基づいたガイドラインの作成が大前提となっています。また、eBCの治療方針のコンセンサス会議であるザンクトガレンコンセンサス会議とパネリストが1/3ほど重複しており、ABC会議の中心となっている*Dr. Cardosoおよびボーティングの司会のDr. Winer(ザンクトガレンでも司会)らは重複メンバーです。
そして、会議の2日間で前回からのリサーチ、臨床研究、新薬についての進歩のダイジェストを行い、ガイドラインの内容が最終日にボーティング(パネリストが壇上に会し、公開で個々の*statementについて投票が行われる)される仕組みとなっています。
このほか、第2回ABCからは優れた研究に対するABC award(賞)が創設されました。そしてPatient Advocacy Programがあり、代表者はプログラムのみではなく本会議でも発言し、パネリストとしてボーティングにも加わっていました。
ボーティング内容は、治療薬の進歩を反映しているのみでなく、治療方法を副作用や患者の要求に合ったやり方で調整して行うことや、SC/PC(サポーティブケア/緩和ケア)を治療初期から入れていくことなども盛り込まれていました。
すなわち単に新薬とその適応についてのガイドラインではなく、それを個々の患者仕様にチューンナップすることまでガイドラインに入れようとする、正に患者本位のガイドラインにしようとする点が、ABC会議の特筆すべき特徴であるとともに、これは同時に前述の患者調査への答えともなっています。
*Dr. Cardoso, Fatima:ポルトガル Champalimaud がんセンター乳腺センター。第1回ABCより筆頭代表を務める
*statement:言明、主張。この場合はボーティングに掛けられるそれぞれの事項を指す。
mBCを予後不良としている要因 腫瘍の不均質性(heterogeneity)
mBCが予後不良となるのは、腫瘍の生物学的な特徴、とりわけeBCよりもさらに腫瘍が多彩な様相を示し、遠隔転移や*治療への抵抗性の獲得などを起こすからです。これらの主因として腫瘍の不均質性(heterogeneity ※多様性)が挙げられ、今回のABC3でも大きく取り上げられていました。
すなわち、乳がんそのものが不均質(多数のサブタイプの存在)、腫瘍内部での不均質さ(同一腫瘍の中に異なる性格の腫瘍細胞が混在する)、腫瘍の性格の転移や治療による変化(原発巣と転移・再発巣での性質の変化、治療薬による修飾など)が強調されていました。
これらに対する対処法として、治療抵抗性を解除する新規治療薬の開発(ルミナル型乳がんの内分泌療法抵抗性に対するmTOR阻害薬・PI3K阻害薬・CDK4/6阻害薬、トリプルネガティブ乳がん〔TNBC〕に対するPARP〔ポリ(ADPリポーズ)ポリメラーゼ〕阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬等。臨床試験段階のものも多い)、および転移・再発時にできる限り生検を行って腫瘍の性格を再評価して治療薬の選択を行うことが推奨されていました。
mBCは、転移性の多発性骨髄腫・メラノーマ・腎がんと比べて、全世界での死亡者が多い割には、米国食品医薬品局(FDA)で新規承認薬が少なく、治療薬の開発が遅れていることも調査結果で指摘されていました(図1)。
さらにmBC患者にとっては臨床試験への参加は治療の選択肢を増やすものではあるものの、78%は臨床試験の勧められたことがなく受けていないこと。63%はより長期にmBCをコントロールできる治療を望んでいることも示されていました。長期のコントロールによって、情緒的な安定、より高いQOLや身体的機能につながることがその背景にあると考えられます。
(2012年)
(2004~2012)~EQ-5Dスコアで評価~
*治療への抵抗性:薬剤耐性や腫瘍細胞の変異など様々な要因により、得られていた治療効果が減退すること
予後不良としている腫瘍以外の原因 きめ細かいガイドラインの未確立、患者実態に即した対応不足
mBCを予後不良としている腫瘍以外の原因としては、きめ細かいガイドラインの未確立、患者実態に即した対応の不足(患者実態の把握や心理社会的サポートの不足など)、社会環境のmBCへの偏見や認識不足が挙げられていました。実は、mBCのQOLは、治療薬の進歩に伴って生存期間が延びているにも関わらず、改善されていないのが実情です(図2)。
以下に、具体的な事例を挙げてみます。
❶PRO(*Patient-reported Outcome)の重視
mBCの中でもcurable disease(治せる病気)を見落とさずに集学的治療で根治を目指すのが大前提となっています。一般にはmBCの治療/ケアの目的はQOLの維持、症状緩和、延命にあります。
それには、患者の副作用や治療効果等をしっかりと把握する必要があり、PROが提唱されていました。患者の訴えよりも医療者は副作用を過小評価する傾向にあり、このことは適切な支持療法が行われない原因となり得る可能性があるからです。
❷心理社会的サポートの充実
eBCよりもさらに多職種(医師・看護師のみでなく、臨床心理士、サポーティブケア/緩和ケアチーム、ソーシャルワーカー等)のチーム医療が大事となります。40%のmBC患者は医療者からの共感や感情移入を求めていました。しかし、医療者の43%しかbad newsを伝えるためのトレーニングを受けていません。
mBC患者のニーズは、サポートとQOLがともに79%で最多、次いでmBCのコントロールでした(32%)(表3)。また、mBC患者は、情報やピアサポートへのアクセスを求めていますが、35%しか提供されていませんでした。
❸社会環境のmBCへの偏見や認識不足
mBC患者が疾患によるだけではなく、彼らを取り巻く社会の偏見や認識不足によってさらに不安が強くなることが、予後を不良としていることも示唆されています。調査によれば、一般社会の66%がmBCは根治すると思っています(日本74%)。周囲の人に自分が理解されていないと感じているmBC患者は70%(日本のデータはなし)、40%が孤立していると感じていました(同)。そして一般社会の28%がmBCのことを患者は口にすべきでない(主治医とのみ話すべき、日本は21%)と考えていました。
*Patient-reported Outcome(PRO):患者の報告する成果のこと。副作用の程度、治療や緩和の効果なども含む
*EQ-5Dスコア:健康関連QOLを測定するために開発された包括的な評価尺度。自己記入式
今後の展望 患者本位の治療・ケアとmBCについての啓蒙の進展に期待
mBCの治療薬の進歩は、抗HER2療法薬の登場以後、現在足踏み状態となっています。また、社会の偏見や認識不足が根強く、mBC患者のニーズにも十分なサポートができていないのが現状です。しかし、ABC会議が母体となり、mBC患者同士のグローバルなネットワークを通じて、今後患者本位の治療とケアとmBCについての啓蒙が進むことが期待されています。
最後にDr. Cardosoから日本のmBC患者へのメッセージを紹介し、レポートを締めくくらせていただきます。
「mBCの治療とケアには高いレベルのエビデンスが少ない、つまり患者自身がエキスパートなのです。だからこそ患者が声を上げる、また患者の声を聞くことが大事なのです。私たちは、皆さんのことを考え、皆さんのために闘い、そしてともに闘うために皆さんが必要です。是非医療者に自分の気持ちや困っていることを話してください。医師が常にすべてのことをわかっているとは限らないのです」(Cardoso)