外来治療を受ける患者さんへの早期からの緩和ケア
緩和ケア説明用ビデオや患者さんが記入する「痛み伝達シート」を活用する

監修●今村博司 市立堺病院外科主任部長
取材・文●柄川昭彦
発行:2012年5月
更新:2015年7月

  

今村博司さん
市立堺病院外科主任部長の
今村博司さん

がん治療の早期からの緩和ケアが理想とされるが、外来の患者さんに対して十分にいきわたっている状況ではない。
がんと診断された患者さんが治療の一環として緩和ケアの重要性を理解して、痛みに苦しむことのない状況が実現されている、患者さんへの「説明用ビデオ」や「痛み伝達シート」を活用したある病院の工夫について紹介する。

がんと診断された患者さんの不安を少しでも取り除くために

近年、がんの緩和ケアは、がんと診断されたときから実施されるようになってきている。

市立堺病院外科主任部長の今村博司さんは、早期から緩和ケアが必要となる理由を説明してくれた。

「がんの患者さんにはいろいろな症状が現れますが、痛みは早い段階から多くの患者さんに現れることがわかっています。がん治療の効果をあげるために早期から緩和ケアを実施して体調を整えることが重要なのです」

医師としての今村さんの理想はあっても現実には、外来患者さんに対して緩和ケアの提供が十分に行き届いていない、という問題があった。

現在、多くの病院で緩和ケアチームが主に入院患者さんに緩和ケアを提供する体制が整いつつあるが、外来の患者さんへの対応は必ずしも十分ではなかった。外来担当医師や看護師も、現在の外来での対応で手いっぱいの状況である。

そこで、市立堺病院では緩和ケアががん治療に良い影響をもたらすこと、世界で実施されている効果的な痛みの治療法、痛み止めとして使用される医療用麻薬の正しい知識などを患者さんに理解してもらうための説明用ビデオを作ることになった。解決のヒントになったのは、飛行機に搭乗したときの非常時の案内だったという。

「乗客は非常時の対応を解説した冊子は積極的に見ることはしませんが、映像なら受け入れもよい。飛行機に乗るとき、キャビンアテンダントはかつてライフジャケットの使い方なども実演していましたが、現在はビデオ。その間に離陸のための準備にとりかかることができます」

より多くの情報を患者さんにわかりやすく編集したビデオを活用する。

こうして『早期からのがん疼痛治療』と題する10分ほどの説明用ビデオが作られた。

がん治療が始まる前に説明用ビデオを見てもらった

患者さんに理解してもらう方法は2つある。1つはタブレット型端末iPadを使う方法だ。

「当院では、がん治療が始まるときに、手術なら医師と看護師から、化学療法なら医師と看護師と薬剤師から、治療方針などを説明しています。それに加え、緩和ケアについては、ビデオをご覧いただいてから医療スタッフが説明を行うことにしました」

もう1つの方法は、外来の待ち合いスペースのモニターを使って患者さんに理解してほしい様々ながん治療に関する情報と共にくり返し流している。

このiPadで使うビデオは昨年末に医学雑誌にも掲載され、科学的にもその効果が証明された。例えば医療用麻薬を成分とする鎮痛薬は早期からの緩和ケアにとって重要であるにもかかわらず、日本の文化的な背景から医療用麻薬の誤解や敬遠があるが、海外では非常に広く使用されている。

報告では、患者さんがビデオを視聴することによって緩和ケアや医療用麻薬に関する正しい理解が進んでいることが確認されたのである(図1)。

[図1 麻薬性鎮痛薬に関するイメージ ・ 知識に関する設問の評価]
図1 麻薬性鎮痛薬に関するイメージ ・ 知識に関する設問の評価

藤井千賀,今村博司ら:Pharma Medica,29(12),81(2011)

早期から患者さんの痛みを把握する

[図2 がんの痛み伝達シート]
図2 がんの痛み伝達シート

このシートは「ホームページ;がんの痛みはがまんしない」
http://www.shionogi.co.jp/itami/index.htmlでダウンロードできます

がんの早期においてもがんの痛みを医療スタッフがきちんと把握することが重要だ。しかし、時間的な制約がある外来において患者さんの苦痛が医療スタッフに十分伝わっていないこともある。こういった経緯で「がんの痛み伝達シート(図2)」が使われるようになった。患者さん自身・ご家族が痛み止めの効果や主な副作用(吐き気、便秘、眠気)を「チェック式」で簡単に記入できる。この伝達シートを活用すると「医療者に痛みを訴えやすくなる」、また、診察前に自身の症状や気持ちを整理できるので、自身の痛みについて、「分かってほしいこと」や「してほしいこと」が伝えやすくなる。患者さん自身が治療に関わっているという前向きな気持ちにつながるというメリットも大きい。

「医療者にとっても毎日診察できない外来患者さんの痛みの状況を把握できます。非常にシンプルで、患者さんの情報を効率的に痛み治療に反映できる点が、このシートの優れているところです」

外来の患者さんを対象にした緩和ケアは、今後はもっと広く行われるようになる。今年4月より、ある条件を満たした外来緩和ケアに対して、診療報酬が支払われることになった。

「国としても外来患者さんに対する緩和ケアの提供体制を整えるということですし、患者さんからの要望も強かったということでしょう。外来の緩和ケアが、もっと前進するきっかけになるかもしれません」

外来緩和ケアにおいて、ビデオや「痛み伝達シート」を活用する市立堺病院。必要に迫られて生まれた方法が、痛みなど様々な症状に苦しむ患者さんを救う外来での緩和ケアの普及に役立つのではないだろうか。


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