闘病記

がんと生きる

ちょっと視点を変えるだけで考え方も生き方も変わってくる

2013年2月

三本杉祐輝(さんぼんすぎ ゆうき)元中学校教頭1958年11月生まれ、54歳。福島県双葉町出身。2003年、富岡第一中学校教頭時代(45歳)悪性リンパ腫を発症。ドナー移植を含む3度の移植をするが、余命宣告もうけ自宅療養のため退職。原発事故で避難生活をしながら、「命の大切さや生き抜く力」を講演会等で伝える活動をする原発事故のお膝元である福島県双葉町で中学校の教頭職として働いていた三本杉祐輝さん(54...

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食事でがん克服それは料理人の意地を賭けたミッションだった|米山 昭さん(料理人)

2012年12月

よねやま あきら1970年都内の調理師学校卒業、千代田区のホテルにオードブル修行志願で3カ月間勤務。その後、アルバイトをしていた地元の天ぷら店の親方の元に戻り一緒に伊東の和食店へ。1971年夏に小田原駅近くのビル地下で8席の店を親方の協力を得て創業。1983年近くの一軒家に移り会席料理店として今日に至る古典料理の復元に取り組んできた郷土料理店『米橋』を営む米山昭さん(62歳)。6年前、56歳のとき...

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「翼をもがれた社長」は、こうして翼を取り戻した|岩瀬俊男さん(会社経営者)

2012年11月

いわせ としお 1947年神奈川県生まれ。1970年日本大学理工学部交通工学科卒業後、岳南建設株式会社に入社。2001年代表取締役社長に就任(~現在)。社長就任半年後の54歳のとき喉頭がんを発症。7年後に再発し、喉頭を全摘する。シャント法により声を取り戻し社長業に復帰する送電線工事業業界では国内屈指の会社を率いる岩瀬俊男さん。いったんは治ったかに見えた喉頭がんが7年後に再発。そのため喉頭全摘の憂き...

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いつかやろうと思っていることは、どんどんやることにしました 乳がん治療中に感じた情報収集の難しさ。編集者として患者さんのための実用書を制作 編集者・下中美都さん

2012年10月

しもなか みと1956年2月4日東京生まれ。慶應義塾大学文学部(フランス文学)卒業後、文化出版局に入社し、雑誌『ミセス』や『ハイファッション』の編集を経験。1995年平凡社に入社し、2003年取締役編集局長に就任。2011年より取締役営業担当。 編集者として料理本や雑誌、歳時記の編集に携わってきた下中美都さん。乳がんを経験してからは、夢だった幸田文選集を制作。また自身のがん体験を活かして、患者さ...

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20代でのがん体験を活かして、講演など新たなことにチャレンジ 子宮頸がんをきっかけに母との絆を取り戻せた

2012年9月

阿南 里恵さん(日本対がん協会・広報担当) あなみ りえ 1981年東大阪市生まれ。2002年に自動車整備士の専門学校を卒業後、大手自動車メーカーに入社。04年ベンチャー系の不動産販売会社に転職し、その1カ月後に子宮頸がんの告知を受けた。術前化学療法を経て、05年1月に子宮全摘手術、続いて放射線治療を実施。保育園運営会社勤務を経て、08年10月にイベント会社グローバルメッセージを立ち上げた。そのか...

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乳がんと最愛の夫の死を乗り越え、患者会の開催や声楽活動に取り組む どう生きたら幸せになれるのか、一生懸命考えています

2012年8月

大久保真千子さん (声楽家) おおくぼ まちこ 1959年富山県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。ソフトバンクに入社し、27歳のとき結婚・退職。43歳で乳がんを発症し、右乳房を全摘。04年9月、「穿通枝皮弁」により乳房を再建。現在は横浜市で乳がん患者会「うらふねマンマの会」を主宰するかたわら、声楽家の卵としてコンサート活動を行っている 43歳で乳がんを発症し、右乳房を全摘。術後、乳房再建を経て、...

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「同じ舌がんの人の役に立てれば」と綴った絵日記から生まれるエネルギー ささえてくれる人への感謝を絵に描きとめておきたい

2012年7月

吉見健さん (シルクスクリーン印刷会社勤務/兼業作家) よしみ たけし 1956年生まれ。京都精華短期大学(現・京都精華大学)美術科デザインコース卒業後、大阪のデザインスタジオに弟子入り。のちにシルクスクリーン刷り師として、活動の場を広げる。シルクスクリーン専門の印刷会社に勤務していた2009年9月、舌がんが見つかり手術、放射線治療を受ける 「舌にデンボができましてん」。吉見健さんが描いた舌がん...

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在宅ホスピスを支えてきた看護師が、命を終えようとする今、思うこと 見守ってくれてありがとう「ちゃんと死んでみせるからね」

2012年6月

辛島幸子さん (看護師) からしま さちこ 1940年福岡県小倉生まれ。看護専門学院を卒業後、63年東京慈恵会医科大学付属病院に就職。70年より旭硝子千葉工場診療所等を経て、1児を育てながら病院勤務。16年間勤務した総合健康保険多摩健康管理センターを定年退職後、介護老人保健施設やデイサービス勤務。2011年病気のため退職 東京・立川の公団住宅で、今、1人のがん患者さんが終末期を迎えている。 辛...

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8回手術を受け、2度声を失いながら、がんと闘い抜く現役医師 がんとの闘いに挫けそうなときは私を思い出してほしい

2012年5月

赤木家康さん (整形外科医) あかぎ いえやす 1957年岡山県生まれ。85年東海大学医学部卒業後、日本大学医学部整形外科学教室入局。国立立川病院、公立阿伎留病院、春日部市立病院などを経て、93~95年日本大学救命救急センター勤務。96年板橋区医師会病院整形外科部長、2000年永生病院・整形外科部長を務め、03年10月同副院長に就任、現在に至る。著書に『癌!癌!ロックンロール~金髪ドクター、6...

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大腸がんを体験し見出した「美味しくて安心して食べられるお菓子」への道 「お菓子を食べられる幸せ」を届けるのが私の使命です

2012年4月

重野佐和子さん (料理研究家) しげの さわこ 学生時代より料理研究家上野万梨子氏に師事し、アシスタントとしてフランス料理を学ぶ。27歳で渡仏、「ル・コルドン・ブルー」「エコール・ド・ルノートル」に留学。パリとトゥールでレストラン修行を経て帰国。 1991年横浜・元町にフランス料理とお菓子の教室「Cent-Kleber」を開講。フリーの料理家として雑誌や広告撮影、カフェメニューの開発も手がける...

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